中でも、鉄道やバスなど公共交通機関関係者には、異常なクレームを付ける人物も少なくない。そんなクレームをキッカケに、大議論を呼んだ事件が2016年に発生した。
事案が発生したのは、2016年9月21日の近鉄奈良線東花園駅ホーム。この日、近鉄奈良線は河内小阪駅で人身事故が発生し、大阪難波駅から東花園駅間で運転を見合わせていた。この対応にあたったのが、26歳の車掌。乗務していた電車が東花園駅に停車し、降車を促すなどしていたのだ。
ホームでは電車が動かないことに苛立ちを覚えた乗客が車掌に殺到。SNSなどに投稿された目撃証言よると、乗客が車掌を取り囲み、中年男性が「ボケカス!」「どないやねん」と叫びながら詰め寄り、蹴りを入れるなどしたのだという。
これに憤りを感じた車掌は、「こっちもやってるんだよ」と激怒。しかし、集団心理で気の大きくなった乗客たちは、まるでリンチのように「やれやれ」とけしかけた。我慢が限界に達した車掌は「俺だって人間なんだよ、こんな仕事やってられるか」と叫び、制帽と上着を投げ捨て、線路上に走る。この様子を見たリンチ客は一様に笑っていたという。
車掌は線路を70メートル走り、高架から7.6メートル下に落下。命に別条はなかったものの、骨折の重傷を負う。近鉄はこの事件発覚後、
「お客さま対応中の車掌が、鉄道事業者として不適切な行為を引き起こしたことを大変遺憾に思う。お客さまにご迷惑をおかけしたことを心よりおわび申し上げます」
と、異常なクレームを付けた乗客のことは一切言及しなかった。
このニュースが報道されると、集団でクレームを付けた乗客に非難が集中。そして、車掌については「致し方ない行動」「責めないでほしい」「処分しないでほしい」という声が上がり、クラウンドファンディングサイトで署名活動も行われる。賛同者の数は、実に5万人を超えた。
鉄道の人身事故時、車掌や駅員に異常なクレームを付ける人間はかなり多く存在する。しかし、車掌や駅員に直接的な過失はなく、クレームは全くの筋違いだ。近鉄奈良線の場合、集団心理で車掌に詰め寄ることで鬱憤を晴らそうとしているようにも見受けられ、非常に悪質だ。彼らは今も実名を晒されず生活しており、近鉄奈良線を利用しているものと思われる。一方、車掌については、その後どうなったかわかっていない。
仮に、車掌が毅然とした態度を取っていれば、事案は防げた可能性が高い。しかし、関西人は「わいは客や」という意識が非常に強い上、近鉄という会社が社員を守らない風土もあり、失職の可能性を考えるとなかなか難しかったではないかと見られている。
車掌がどうなったかは現状不明。事案を乗り越え、たくましく生きていることを祈りたい。