閲覧室の書架には「SM…」から始まるタイトルがびっしり。図書館らしい静寂の中、中年男性が「おもらし倶楽部」を熟読していた。変態であることをだれに気兼ねする必要もない。ここでは人目を気にせず、好きなだけSM本やフェチ本に没頭できるのだ。
中原るつ館長は「SMってフェティッシュなものを含めてなんでもありだと思うんです。内面にあるモヤモヤは人それぞれですし、単純に『××マニア』とは括れません。ここは図書館ですから、異なる個々の感性にヒットする本を数多くそろえるのが理想ですが、大抵の本はあると思いますよ」と胸を張る。
一般的なポルノ雑誌の類はない。しかしことSMに関しては、雑誌や書籍、パンフレット、カタログ、個人的な写真集にいたるまで、蔵書は実に1万7000冊以上。もはや入手困難な資料も多く、伊藤晴雨、秋吉巒、観世一則、四条綾らの原画のほか、昭和20年に創刊された「奇譚クラブ」「風俗草紙」「風俗科学」や「風俗奇譚」「裏窓」などはほぼ全号をそろえているという。
映像資料を視聴できる設備も整えており、雑誌の付録を除いた単発DVDだけでも約2000〜3000本を所有。熱心なマニアが撮影した古い8ミリフィルムもある。
SMジャンルは王道(?)のムチ&縄&ローソクを筆頭に、スパンキング(お仕置き)、拘束、切腹、スカトロ、露出、女装、同性愛…などと分類できないほど幅広い。
「単語で言い表せない細かいこだわりがあるんですよ。たとえば同じ拘束にしたって、猿ぐつわかボールギャグ(ピンポン玉)かで分かれます。素材や色、シチュエーションにこだわる人もいますから」(中原館長)
相当マニアックな同人誌や、個人がファイリングしたスクラップブックも少なくない。
なぜ、これほどまで蔵書を集められたのか?
同館は1984年、戦後を代表するSM雑誌「風俗奇譚」の編集長を務めた高倉一氏(故人)によって設立された。作家のひとりが書庫で「みんなが安心してSM本を読める場所があるといい」などと話したのがきっかけという。設立後、個人で所有する“秘蔵コレクション”の置き場所に困った愛好者から寄贈が相次ぎ、瞬く間に蔵書は増えた。
男性ならばエロ本の隠し場所に困った経験があるはず。それがSM系となればなおさらで、保管場所に悩む全国のマニアが貴重なコレクションを共有できる“共同図書館”に飛びついたわけだ。
同館ではこれら貴重な文献を維持管理するために会員制を敷く。遠方に住む会員向け制度や、水曜夜に女性限定の時間帯を設けるなど利用しやすい仕組みになっている。
それにしても古いSM雑誌のなんと淫靡なことか!
独特のタッチで描かれた挿し絵は、数十年を経てもなお生々しく呻き、昭和にタイムスリップしたようだ。
「昨年5月、非会員向けに『伊藤晴雨原画展』を開催したところ、平日夜の2〜3時間だけのイベントだったにもかかわらず、1日20〜30人が訪れる大盛況でした。若い女性は『なんだかこういう絵が好きなんです』と話してくれました。予定は未定ですが機会があればまた開催したい」(中原館長)
恥ずかしがりやの女王様や、発展途上のドM娘でも安心して読書を楽しめそうだ。
○初の女性館長・中原るつ氏
初の女性館長となった中原氏は学生時代、ここが図書館であることに感銘を受け、大学卒業後に自ら「就職するにはどうしたらいいか?」とスタッフ入りを志願。昨年5月に3代目館長に就任した。性の話題にあけっぴろげになったといわれる昨今だが、まだまだSMには壁があるという。
「さすがに『あの娘を縛りたい』とか『スカトロしたい』と打ち明けられる人は少ないでしょう? 会員は『人には言えない趣味を持ってしまった』という点で共通しているんです。本でイマジネーションをふくらませる少数派かもしれないけど、多数派を目指しているわけではない。そんな人たちがこの図書館を好きで来てくれるかぎり、期待に応えていきたいんです」と話した。
○アクセス
「風俗資料館」…東京都新宿区揚場町2-17川島第二ビル5階。東京メトロ、JR飯田橋駅からそれぞれ徒歩約4分。正会員=入会金1万円、月会費3500円。準会員=入会金1万5000円、入館料4000円(連続2日間有効)ほか。有料コピーサービスも充実している。ビジター制度として1日5500円の特別入館制度あり。開館時間は午前10時〜午後6時まで。金曜日は午後9時まで。水曜午後7時〜9時までは女性限定「夜の図書館」。木曜、日曜休館。