前に一度、本人から直接見せてもらった事があるのだが、まあ規則正しく細かくついた剃刀跡のようなキレイな傷。記者は自傷行為する人って初めて見たし、実際に手首ってもっと深く一、二本切るものなのだと思っていたので意外にたくさんの浅い傷に驚いた。大方、リストカットって血が出て“生きてる事”を確認するためにやるらしいので、死ぬためにやってるんじゃないらしい。(本当に深く切ってたら、今いないよね。)たしかに痛そうではあるが、血管の細い記者が献血の時に注射針で腕の血管をまさぐられる痛さに比べたら大した事ない。その後、別の取材で過去のトラウマから自殺を繰り返している人に会ったのだが、やはり“生きてる事”を確認するために刃物でカラダを傷つけるのだという。一回幸せになっても、何かの表現としてなかなかリスカを止めるわけにはいず、その人もまだなんとか生きているので、これは他人がとやかく言う問題ではないのかもしれない。
自傷行為をする若者に対して、我々常識ある大人? としては、「彼らを弱者と認めるべきか?」とか「やらせないように全力で止めた方がいいのか?」という問題にぶち当たる。しかし、今やリストカットはタトゥーやピアスと同じようなサブカルチャーの一つになってしまい、アフリカの先住民のごとく美しく手につけられた傷模様はある種の芸術でさえもある。
それを教えてくれたのが神聖かまってちゃんのの子なのであるが、ご本人の精神状態うんぬんというより、やっぱり見た目が痛々しい「夕方のピアノ」のCDジャケット。人生上り調子の局面を迎えた彼らだが、の子は過去の自分を忘れないように「けじめ」としてこの写真を選んだのか。
<イケメン好きのコダイユキエ>
写真:実際の写真は生々しいので記者の描いた上手な!? イラストで。