がけっぷちの亀田家が復活を遂げた。
2005年から始まった内藤との因縁の歴史。07年10月に大毅が挑戦するも返り討ち。あの日から立場は逆転し、「追われる側」から「追う側」になった。
ようやくたどり着いた運命の一戦。亀田家の長男として不覚をとるわけにはいかない。さらに10月のWBA世界フライ級タイトルマッチでは、次男の大毅がデンカオセーン・カオウィチット(タイ)に惜敗しており、興毅にこれ以上の失敗は許されない。
だが、そんな追い込まれた状況にもかかわらず、冷静さを失わなかった。2万1000人の観客を前に自分の距離を保ちながら、的確に王者の顔面を打ち抜く。最後まで主導権を渡さず、判定3-0で勝利。無敗で2階級制覇を達成した。
緑色のベルトをたすき掛けした新王者は「まだまだ夢の途中です。オヤジぃ、どんなもんじゃい!!」と“亀田節”をさく裂。「応援してくれたファンの皆さんに感謝です。内藤選手ありがとうございました」と感謝の気持ちを口にした。
35歳の王者を倒し、世代交代を成し遂げた興毅だが、今後の防衛ロードの道のりは前途多難。すでに次戦は暫定王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)との統一戦(指名試合)が義務づけられている。ポンサクレックは77戦のうちわずか3敗しか喫しておらず、数々の日本人ファイターの挑戦も退けている強敵だ。
興毅を待ち受けている問題はそれだけではない。新王者になっても、内藤の所属する宮田ジム側が興行権のオプションを2回保有していることだ。オプションとは、対戦相手や場所、日時の決定の興行権利のこと。
つまり亀田側は、宮田ジムの主催興行で2度防衛戦をするか、この権利を買い取るかのいずれかをしなければならない。
あるボクシング関係者は声を潜めて言う。
「オプションは、いわゆるチャンピオン側の“保険”のようなもの。モメますよ。80%の確率で。宮田(博行)会長のことだからどうもうけようかって考えて、これから亀田家をどういじめてやろうか考えてるんじゃないですか。宮田ジムの逆襲ですよ」
宮田会長はオプションの行使について「亀田クンからタイトルを取り戻すのが、MGプロモーションとしての役割ですから」と語っており、V2戦での再戦を視野にいれつつ、いざとなったら興行権を売り飛ばすこともできる立場にある。
興毅は内藤との因縁を「微妙な判定ちゃうしな。オレは立ち止まるわけにはいかん」と終戦を宣言しているが、どうやらそうはいかない。リングの次は内藤VS亀田の“場外銭”が始まりそうだ。
◎オカンに捧げるベルト
内藤と亀田、両者の所属するジムは国道6号線をはさんで、わずか2キロほど。同じ葛飾区内に存在する。そんな「かつしかダービー」を制したのは、23歳の若き挑戦者だった。
10月には弟の大毅が世界タイトル奪取に失敗し、逆境にたたされていた興毅。「勝つことだけを考えた。自分のボクシングをしようと思って集中した」。挑戦者のハラは決まっていた。
興毅は、左右のフェイントを繰り出す変則モーションで接近する内藤と一定の距離を保ち続けた。右フック、左ストレートが顔面をとらえ、2Rには鼻血を出させた。
ポイントでリードしたまま終盤になると、左右のフックを振り回し猛攻を仕掛けてくる内藤のスキをつき、カウンターをヒットさせる。10Rには右のまぶたを切り裂いた。
王者に影を踏ませず、試合終了のゴング。「WBC世界フライ級新チャンピオン〜」とアナウンスされ、そのまま倒れ込んでキャンバスを3度たたき、喜びを爆発させた。
緑のベルトを肩にかけた23歳の若者は「1本目のベルトはオヤジに、2本目はオレを産んでくれたお母さんにささげたいと思います」と涙声で絶叫。
リングを降りると、真っ赤に目をはらした父史郎氏と抱擁を交わしていた。