取材中、高校野球指導者にそう念押しされることが多くなった。今年に入ってから、とくにそうである。理由は簡単だ。昨夏、ドラフト情報通で知られる某取材者が『問題』を起こしたのだ。同業者の悪口は言いたくないが、これも『高校野球の現状』である。全有望球児の希望進路が明かされないため、「ドラフトで指名されるかどうか」という目線で取材をすると、“混乱”が生じてしまうのだ。
甲子園に出場した有望捕手の1人が大学の推薦試験を受けたときのことだ。面接官に進学の意志を確認されたという。先の取材者が「プロで通用するか否か」を書き、そこにコメントまであり、あたかもプロを意識しているようなコラムが出来上がってしまったのだ。有望選手の在籍する高校は父母からの心配の電話を受け、版元に確認。結果、コメントは新聞掲載されたものの引用で、進路問題の質問ではなく、「次の試合の抱負」を聞かれたときの回答だと判明した。プロで通用するか否かを論じた後、「頑張りたい」と書かれれば、読む側は「この球児はプロに行くつもりなんだな」と捉えるのは当然だろう。
しかも、その取材者は同校、当該選手に1度も直接取材したことがなかった。進学希望の球児が「プロで通用するかどうか?」という一方的なコラムに激昂したのは、当該選手の家族、高校関係者だけではなかった。
しかし、高校球児のドラフト規約を見直す必要があるのではないだろうか。
某在京球団は昨秋、ドラフト会議で苦しい選択に迫られていた。かなり早い時期に西日本の有望高校生捕手の将来性を確信した。正規の手続きを踏み、学校側に指名の旨を伝えた。当人も「プロで自分を試してみたい」と思っており、ドラフト指名後の入団交渉も円満に進むものと思われた。しかし−−。
「別のスカウトが社会人野球チームに『厳しい約束』を迫られたんです」(関係者)
その在京球団は数年前の『自由枠』で獲得した大学生投手を育てきれず、戦力外通告を突き付けた。練習態度もマジメなこの投手の人柄を惜しみ、「野球を続けたい」とする彼の意志を尊重した。球団が社会人チームを斡旋したのである。しかし、社会人チームも“強か”だった。その1年後、元投手を引き取った見返りとして、同チーム所属の20代半ば選手を「指名してやって欲しい」と相談を持ち掛けてきた。
在京球団は悩んだ。元投手を引き取ってもらった『恩義』が重荷と化した。その社会人チーム選手を指名すれば、その年に予定していたドラフト指名選手全てを『70人の支配下登録枠』に入れることができなくなる。
「西日本の有望捕手に『育成枠』にまわってもらったんです。18歳だから、追々チャンスもあるだろうし…」(前出・同)
『育成枠』は考えものである。
育成枠はその名の通り、将来性のある若手を育てるために設けられたシステムだが、一部球団は契約金を払わないために悪利用しているという。
育成枠選手はドラフト会議当日に“指名”される。通常のドラフト会議終了後、そのまま育成枠選手の指名会議に入るのだが、アマチュア球界の指導者側にすれば、一部球団には『不可解な指名』も見られるそうだ。通常のドラフト会議で、たとえば5人の選手を指名したとする。6位以下の指名を見送り、育成枠選手指名会議に移ると、再び選手を数人指名する。ドラフト指名した先の5人を現有選手に足しても『支配下登録枠の70人』に満たないのなら、「育成枠で指名した何人かをドラフト指名にまわし、支配下登録してやるべきではないか?」というのが、高校監督側の疑問である。
高校球児にしてみれば、プロ野球への憧れも当然持っているだろうが、育成で3、4年も先のチャンスを待つくらいなら、大学や社会人に進んだ方が本人のためである。
「育成でのドラフト指名なら、進学の方がいいと球児たちには薦めています。ドラフト上位で指名される高校球児は、ほんの一握り。大多数は下位指名なんです。でも、育成枠ができて以来、ドラフト指名なのか、育成枠なのかをスカウトも教えてくれません。だから、プロに勧誘されている球児に対しても『ギリギリまで進学を考えておけ』と言っています」(関西圏の監督)
甲子園に勝ち進んだ強豪校であって、レギュラー全員を“スポーツ推薦”で大学に送り出してやることはできない。推薦人数に限界があるからだ。ある強豪校の監督がこう言う。「スカウトを受けた教え子がドラフト指名なのか、育成枠なのかがギリギリまで分からない以上、プロで通用するかどうかなんてマスコミ評論は辞めてくれ」−−。高校野球はプロ野球選手の養成所ではない。(スポーツライター・飯山満)