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北海道神宮を放火、犯行声明文を送った謎の人物の正体はアイヌではない?【未解決事件ファイル】

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 1974年11月10日、北海道札幌市中央区にある北海道神宮で放火事件が発生した。幸いけが人はいなかったものの、本殿・祝詞殿・内拝殿など建物は全焼。事件から2日後には犯行声明文が発表されたが、結局犯人逮捕には繋がらなかった。

 事件が起きたのは午後9時40分頃のことだった。北海道神宮の本殿から火の手が上がっているところを職員が発見し通報。すぐに消防車が駆け付け消火活動が行われたが、建物は全焼した。何とか神体だけは持ち出せたという。警察の調べによると、境内を囲む金網が切り取られていたほか、外拝殿には人がよじ登ったような跡も見つかったそうだ。辺りには火の気がなかったことから、警察は放火事件として捜査を開始した。しかし、事件が起きた時間帯はひと気も少なく、目撃証言は集まらなかったという。遺留品も残されていなかったため、犯人に繋がる手がかりはほとんど見つからなかったようだ。

 事件が動いたのは2日後の11月12日。北海道新聞宛に「アイヌモシリ」と名乗る者から犯行声明文が送られてきた。内容は、「北海道神宮はカムイ(アイヌの神々)を冒涜する存在だから排撃した。白老町長襲撃事件の犯人即時釈放を要求する」といったものだった。白老町長襲撃事件は同年の3月9日に起きた暗殺未遂テロ事件で、町長が男に刺し傷を負わされていた。

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 アイヌモシリはアイヌ語で「人間の静かなる大地」を意味する言葉で、北海道を指すアイヌ語の地名でもある。当時は、日本の新左翼がアイヌ革命論という政治思想を元に過激活動を活発にしていた時代でもあった。全共闘運動が行き詰まる中、新左翼活動家たちは「疎外された窮民こそが革命の主体となり得る」という思想を持ち出し、その窮民としてアイヌ民族に目をつけたのだ。

 彼らは北海道を中心に全国各地で爆破テロ事件を引き起こしていたものの、構成員のほとんどは非アイヌ民族だったという。白老町長襲撃事件の犯人もアイヌ族ではなかった。一時は新左翼の代表的な思想家とアイヌ団体の関係者が手を結びアイヌ解放同盟を結成するに至ったが、新左翼活動家の意見が「アイヌの主張や状況と乖離している」として喧嘩別れしている。

 結局、放火事件の犯人はおろか、犯行声明文を出した人物も未だ分かっていない。白老町長襲撃事件と北海道神宮放火事件の関係も掴めないまま、捜査は終結した。後にアイヌ革命論を唱えた思想家の一人が考えを転向したことで、アイヌ革命論は急速に衰退していったという。それと同時に、北海道を中心としたテロ事件も消えた。一体、犯人は何者だったのだろうか。

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