そんな吉川晃司は「放送事故史」にも大きな名前を残す人物でもある。それが1985年の大みそかに行われた「NHK紅白歌合戦の変」だ。
1984年にデビューしたばかりの吉川は初の紅白出場であり、新人歌手の役目通り白組のトップバッターを務めることになった。
だが、吉川は白組であるにもかかわらず真っ赤な衣装。また、手には開けたばかりのシャンパンがしっかりと握りしめられており、口に含んでは客席に吐き出すという、いかにもロックミュージシャンらしい演出を繰り広げた。
その後、吉川は『にくまれそうなNEWフェイス』をしっかりと歌い切り役目を果たした。この時点では同じ白組の歌手も曲に合わせて手拍子するなど応援していたようだが、問題行動はここからだった。
続いて紅組から河合奈保子が登場し伴奏も始まったのだが、なぜか吉川とサポートメンバーはステージから離れようとしない。そして、持っているギターに火をつけて舞台にたたき付けて破壊したのである。
その模様は当然生放送されたのだが、当然NHK側には許可を得ていない演出だった。カメラは河合に向けられたままで、吉川がギターに火をつけた事実は視聴者にはほとんど伝わらなかったほか、破壊したシーンは全く放送されず。一応、ギターから何かが出ている瞬間はカメラに収められていたが、この「放火事件」が話題になったのは年が明けてからだったという。
なお、破壊行為と同じくカメラには映らなかったが吉川がカメラに激突するシーンもあったようで、事件から30年以上が経過した今も詳細は明らかになっていない。後年、吉川はインタビューで「完全に若気の至りで反省している」とコメント。「(NHKとの約束で)墓場まで持っていかなければいけない真実がある」と語っており、昭和の芸能界最後のミステリー事件ともいうべき放送事故だった。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)