同ドラマは、小説家・池井戸潤氏の直木賞受賞作が原作。宇宙科学開発機構の研究員だった主人公の佃航平が、亡き父の経営していた中小企業「佃製作所」の社長を引き継ぎ、宇宙への夢を追う仕事人たちの熱い人間ドラマを描く。第2夜では、佃製作所が純国産ロケット開発計画に取り組む帝国重工への部品供給を巡り、佃が活躍。供給に待ったを掛けた帝国だが、財前が楯となり、「全責任は私が取る!」と言い放つとネット上が沸いた。
吉川というと、同じ水泳部だったメンバー・酒井麿に誘われ、ロックバンド・EIGHT CITYS FISH BAND(はまちバンド)に加入。自ら事務所にアピールし、1984年2月発売のシングル『モニカ』でデビュー。すると立て続けにヒットを放つ一方で、同年公開の映画『すかんぴんウォーク』でスクリーンデビューも飾り、役者としての才能を開花した。すると、同年には日本歌謡大賞最優秀新人賞、日本アカデミー賞新人賞など歌手と俳優の両部門で8つの新人賞を独占。さらに85年、デビュー1年目としては史上2人目の日本武道館公演を行うほどの急成長ぶりを見せた。
ビジネス的なことにはまったく興味がなく純粋にロックがやりたかった吉川は、やんちゃぶりを発揮してはパフォーマンスも豪快だった。そんな吉川は国民的歌番組で失態を犯し、“黒歴史”として刻まれている。
1985年12月、大みそか恒例の『NHK紅白歌合戦』に初出場した吉川は、デビュー2年目にしてトップバッターを飾った。だが、吉川の片手にはなぜかシャンパンが。さらには、白組であるにもかかわらず赤のジャケットを身にまとって登場。期待を裏切らないというのだろうか、案の定、吉川は大事件を起こすのだ。
「大歓声の中、登場した吉川はシャンパンを口からまき散らしながら熱唱し、ステージから観客席へ飛び降りたのです。当初の予定にはありませんでした。また、当初、NHK側から『ギター、ベースの2人以外はステージに登場させないでほしい』という要求があったにもかかわらず、曲の中盤で他のメンバーを出場させています。さらに、歌い終えた吉川は、自らのギターにオイルをかけて火を放つという暴挙に出たのです。もちろんリハーサルでは一切なく、本番に狙った行為と思われます。おかげで次に控えていた歌手の河合奈保子は舞台から袖に戻ってしまったといいます。それだけではなく、その次に登場したシブがき隊のタレント・布川敏和は、吉川のまいたオイルがステージで滑ってしまい2度も転倒したのです。興奮のあまりに出た行動で悪気はなかったという吉川は、後に謝罪したそうですが、時すでに遅しといったところでしょう」(芸能ライター)
当然、NHKの怒りを買った吉川は以降、『紅白』というよりかは、NHKへの“出禁”を食らった。
だが、2002年放送の同局ドラマ『真夜中は夜の顔』に吉川が出演。17年の時を隔て、吉川はお許しを得たようだ。
今年8月で55歳を迎える吉川だが、相変わらずのかっこよさは健在。アーティストと俳優の顔を持ち、多方面での活躍も著しい。19日には「ガウディ計画」の後編を描く「『下町ロケット』3週連続放送!~特別総集編・第3夜~」が放送される。吉川の名演技に再び注目が集まることだろう。