コロナ禍のさなかに日本のTwitterを中心に広まった「アマビエ」ブームも、そんな不安を解消するためのものだったのだろう。「アマビエ」は江戸時代に肥後の国の海に出現し、6年間豊作が続いた後に疫病が蔓延することを予言。「似姿を描いた絵を飾るように」と告げて去ったという妖怪で、終わりの見えない新型コロナウイルス感染症が広がるにつれて、改めて注目されるようになった。
病気は病原菌やウイルスが原因と判明している現代でも、特効薬の存在しない病気は恐ろしいものである。ましてや、病原菌やウイルスの存在を知らなかった昔の人の抱いていた恐怖感は相当なものがあっただろう。そこで、洋の東西を問わず病気は、悪魔や悪神などが人々に悪さをすることによって起きるものだと考えられていた。よって、病気を司る悪魔や悪神らは病気を恐れる人々の心理を投影したかのように、恐ろしげな姿で描かれる事が多い。
だが、そんな病気の悪魔や悪神を退治してくれる存在は、並みの悪魔や鬼よりもずっと恐ろしげな姿で描かれる事がままある。以前紹介した「天刑星」もそうだが、今回紹介する「神虫」もそうだ。人間よりはるかに大きく、色の黒いカミキリ虫のように見える虫が、8本ある足で病気の鬼たちを捕まえ、大あごで貪り食う様子が描かれている。その迫力は現代の怪獣のようだ。
実に恐ろしい姿をしているが、この虫も「災厄や疫病を退散させる」聖なる存在であり、須彌山(しゅみせん)の南方の海にある大陸の瞻部州(仏教の世界観で人間が住むとされる大陸)の南の山中に生息していて、朝に三千、夕には三百の悪鬼を貪り食うという。
この絵は「天刑星」と同じく、奈良国立博物館所蔵の国宝となっている「地獄草紙益田家乙本」の中に存在する「辟邪絵」の一つ。「神虫」は中国で蚕の美称だそうだが、神虫が恐ろしい姿で描かれているのは、人々を不安に陥れる病気や災いを何としても食い止めて欲しい、という当時の人々の思いが込められたものだったからなのかもしれない。
(山口敏太郎)