一流監督の心も掌握した“天才”二宮。16年には、吉永小百合主演で山田洋次監督の映画「母と暮せば」で、日本アカデミー賞主演男優賞を獲得。ジャニーズではV6・岡田准一に続いて2人目の快挙だった。
天賦の才をいち早く見抜いていたのは当然、故・ジャニー喜多川元社長。それも、20年ほど前の時点で着目していたというから、審美眼には恐れ入る。アイドル誌の編集者は言う。
「TBSで数多くの大ヒットドラマを手掛けた制作プロデューサーがいるのですが、およそ20年前、大学生役のオーディションがあるとジャニーさんに連絡を入れました。当日、連れて来られたのは20人近い小・中学生のジャニーズJr.たち。結果はもちろん、全員不合格です。このとき、『誰がよかった?』と聞かれたプロデューサーは、2人の名前を挙げました。すると、『分かってないなぁ。将来伸びるのはこの2人だよ』と指されたのが滝沢秀明さん(ジャニーズ事務所副社長)と二宮さんでした」
そのプロデューサーは貴島誠一郎氏。“冬彦さんブーム”を巻き起こした「ずっとあなたが好きだった」や「ダブル・キッチン」、「誰にも言えない」や「愛していると言ってくれ」ほか、代表作が多い。山口智子や常盤貴子、松嶋菜々子や矢田亜希子ほか、多くのベテラン女優たちの出世作を手掛けたことでも知られる。
同氏に打ち明けていたジャニーさんの“ニノ愛”。二宮本人はそんなことなどつゆ知らず、高校生時代には、歴代ジャニーズタレントが獲ってきたドラマグランプリ新人賞の連勝記録をストップさせてしまい、「なんでジャニーズなのに人気ないんだよ!」と激怒されている。また、「硫黄島からの手紙」の役のために丸坊主にしたときは、歌番組の「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)に、「YOUは出なくていいからMC席にいなさい」と阻止されている。
10代、20代のころには伝えられなかった“父親”からの愛。30代も後半に差しかかり、失った今は、二宮の心に強く深く刻まれているに違いない。
(伊藤由華)