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嵐の大野にホスト転身の仰天願望があった

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 昨年が、ジャニーズ事務所に入所して四半世紀(25年)の節目の年だった嵐・大野智。今年11月26日の誕生日では、メンバー最年長にして、先陣を切って40の大台に乗る。そのおよそ1カ月後の大みそかに、嵐は活動休止。いまだ終息の気配を見せない新型コロナウイルスによるイベント自粛に伴い、5月15、16の両日に予定されている東京・国立競技場のコンサート「アラフェス2020 at 国立競技場」は延期されるのではとの観測もあるが、アラシック(嵐ファン)にとっては休止前最後のビッグイベントだけに、開催に向けて動いてほしいものだ。

 リーダーの大野が、嵐としての活動を「休みたい」と漏らしたのは17年6月中旬ごろ。以降、何度も話し合いを重ね、20年いっぱいでの休止に踏み切った。
 そもそも大野はジャニーズJr.だった10代のころから、ダンスは好きだが、アイドルにはなりたくなかった。16歳から18歳にかけて出演したミュージカル「ジャニーズ・ファンタジー KYO TO KYO」が終わり、劇場があった京都から帰京したときは燃え尽き症候群となり、退所の決意を固めている。故・ジャニー喜多川氏にその旨を、何度も伝えている。しかし、ジャニー氏はあの手この手で大野をつなぎとめる策を講じた。

 95年、フジテレビ系「バレーボールワールドカップ95」のイメージキャラクターとしてV6をデビューさせることが決まったとき、大野に「YOU、バレーボールできる?」と聞いている。未経験だった上、「できます」と答えるとバレーボール関連の番組を“やらされる”と思い、「できません」と答えた。これにより、V6最後の6人目が岡田准一に決定したといわれている。

 99年には、「レコーディングするから来て」と呼び出し。のちに嵐のデビュー曲となる「A・RA・SHI」の仮の歌詞を渡した。そこにはしっかり、“大野パート”と書かれていた。大野は、「いやっ、ジャニーさん。俺、ダンスをしたくて(事務所に)入ったけど、もう極まったから辞めたいんだけど……」と、再び気持ちを伝えている。
 「嵐が始動した後も、退所したい願望は収まらず。櫻井翔さんと一緒に歩いていた夜の恵比寿で、驚きの言葉を口にしています。飲み屋さんがたくさん入ったビルをジーッと見つめていたので、櫻井さんが『どうしたの?』と聞くと、『ホストになろうと思ってさ』とつぶやいたのです(笑)。あながち冗談ではない様子で、事務所関係者にも伝えていたといいます。当然、『それだけはやめてくれ!』と懇願されたそうですが……」(アイドル雑誌の編集者)

 ジャニー氏がつなぎとめようと躍起になった大野という天才児。群を抜いた正統派アイドルではないが、言動も自由奔放さもジャニー氏にとっては大きな魅力だったのか。嵐の活動休止まであと8カ月。芸能活動を休業する大野の一挙手一投足を目に焼き付けたい。
(伊藤由華)

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