1936年(昭和11年)5月に発生した本事件は、そのセンセーショナルさから現在に至るまで様々なメディアで紹介されてきたが、実は阿部定事件の前後には同じく女性による「チン切り事件」がいくつか発生している。
『19人の阿部定』(現代書林刊/1981年)という書籍には、阿部定事件を始めとする陰茎切断事件が数多く掲載されているのだが、中には立件されなかったとう事件もあるという。
阿部定事件から2年が経過した1938年(昭和13年)、ある病院に37歳の女性が丁寧に布に包まれたガラス容器を持ってきた。医師が布を取ると、なんとガラス容器には、青黒くなった男性の陰茎が入っていたという。ギョッと驚いた医師が「これは誰のものだ?」と女性に問いかけると、女性はポツリポツリと自分の犯した猟奇的犯行について語り始めた。
この女性は東京に住む主婦で、夫は機械工学の若き重役で、最初は仲睦まじい夫婦だったが、夫には浮気癖があり、遊女遊びのほか7人の女性社員と関係を持っていたという。
そこで女性は夫の浮気癖に終止符を打つため、2年前に発生した阿部定事件を参考に、夫の陰茎を切り取ることを決意。睡眠薬で寝ている隙に陰茎をカミソリで切ってしまったのである。
女性は切り取った陰茎をアルコールで毎日拭いて腐らないようにした。しかし、所詮は素人作業だったため、陰茎は徐々に色が変わってしまった。
夫の大事な陰茎を変色せずに残したい」と考えた女性は、医者へ相談しに病院へ駆け込んだのである。
本件は紛うことなき傷害事件のため、警察へ届け出ないといけなかったが、夫は自分の浮気癖を強く反省しており、(今では考えられないが)立件されなかったという。
結果的に、夫の陰茎は医師の手により標本用のアルコール漬けにされ、家の神棚に置かれたという。なお、『19人の阿部定』によると、この夫婦は陰茎が切られた後も義足ならぬ「義ペニス」を使い、仲睦まじく過ごしたという。
参考文献:『19人の阿部定』(現代書林刊)
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)