『氷の秒針』(大門剛明/双葉社 1680円)
殺人罪の公訴時効が廃止されたのは2010年4月27日のことだ。そのような内容を含む改正刑事訴訟法が成立し、即日施行されたのだった。ここに至るまでの経緯は決して単純ではないが、一般的には、人の命を故意に奪う最も残虐な罪を犯した者は時がたっても許されないのは当然、といったイメージで肯定的に受け入れられたようだ。
しかし、被害者家族の内面を一般イメージでくくることはできない。本書の主人公は、かつて妻を殺された40代の男・俊介だ。法の改正によって犯人が逮捕されぬまま事件が終結するのではないか、という危惧を抱かずに済むようになった。
ほんの数カ月、事件発生が早かったため、改正前に時効が成立した被害者家族を彼は知っている。両親と妹を殺害された30代の女性・薫だ。彼女より自分は恵まれている、とは思えない。大切な人を永遠に失った。その一点では変わりがないのだ。だが薫の事件の犯人が改正後に自首するという奇妙な行動に出た直後、何者かに殺害され、俊介の心境に変化が…。
作者は'09年のデビュー以来、一貫して同じテーマを持ち続けている。犯人と被害者家族、すなわち殺人に正反対の立場で関わる者の内面を探るのが常だ。人物描写などまだ粗削りだが、生真面目な姿勢に好感が持てる。法はどこまで人の悲しみを救うことができるのか、考えさせられる小説だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『風俗体験ルポ やってみたら、こうだった〈激安風俗〉編』(松本雷太/宝島SUGOI文庫・650円)
風俗業界にもデフレの波は押し寄せている。競争激化により低価格、高品質(笑)は当たり前。2000円台というライト風俗からディープな“ちょいの間”まで、多種多様な風俗サービス最新事情の体験ルポ!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「あっしには関わりのねえこって」の名台詞で知られる傑作時代劇『木枯らし紋次郎』が、放送開始から40年を迎えたのを記念して発売されたムック『木枯らし紋次郎DVDBOOK』(辰巳出版/1200円+税)。
DVDには第1話と、第1シーズン最終回の第18話の2回分をノーカット収録している。最終回の視聴率は32.5%というから、驚異的な数字だ。
異色のヒーローである紋次郎といえば、三度笠に道中合羽、腰には長脇差、口には楊枝をくわえ…という姿を即座に思い出す。天涯孤独の渡世人を演じるのは中村敦夫。
「どこかで誰かがきっと待っていてくれる」と歌われる主題歌。映画界の巨匠・市川崑が監督した卓越した映像美とストーリー…。
ニヒルな主人公が吐く台詞がカッコいい。「長く生きてえと思ったこともねえ。死ぬときが来たら、死ぬまでだ」「今はまだ死んじゃいねえから生きてる。たぶん、そんなところだろうよ」
どれをとっても、全く色あせていない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意