歴史上の一大イベント・天下分け目の関ヶ原の合戦も『江』では、戦闘の見せ場もなく、あっさりと決着する。ここでも「男たちの戦国」ではなく、「姫たちの戦国」が徹底する。第三子を妊娠し、夫・徳川秀忠(向井理)の帰還を待つ江(上野樹里)は、秀忠遅参の報告を聞いて笑ってしまう。
戦国時代の常識では笑い事ではないが、武勲を立てることよりも、無事の帰還を願う江らしさが表現されている。「戦が嫌い」という反戦思想は『江』に限らず、近年の大河ドラマの女性キャラクターの特徴である。
これは現代人の感覚にマッチしているものの、反戦思想に行き着く背景として戦争の被害を描くことになるためにドラマが暗くなるというデメリットがある。これに対して合戦への遅参を笑い飛ばす江のシーンは反戦思想を明るく表現することに成功した。
現代人的な江にとっては秀忠の遅参よりも、女中・なつが秀忠の子を産み、男の子であったことの方が衝撃的であった。戦国時代の常識では武将に側室がいることは当然であるが、『江』は現代人的感覚を重視するドラマである。江はショックのあまり寝込んでしまう。
一方で戦国時代の価値観とも調和している。男子を産まなければならないという圧力を現代人感覚で否定するのではなく、「男子が産まれなければ離縁」という悲壮な覚悟に変えている。これまで江は嫉妬深い恐妻と描かれることが多かったが、『江』では怒りを外にぶつけるのではなく、自分の中で苦しむ繊細な女性になった。
豊臣秀吉に怒りをぶつけていた頃と比べると格段の進歩であり、ヒロインとして共感できる存在に成長した。そのような江の愛らしさと、江を傷つけたことへの自責の念が秀忠に「側室を置かない」との覚悟を決めさせた。
史実の江には春日局との対立や静の子である保科正之の誕生という出来事が控えている。それらを美しい物語として描く脚本家の手腕に注目である。
(林田力)