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芸能 2011年10月27日 11時45分
須藤理彩が次女を出産
女優の須藤理彩(35)が第2子となるい次女を出産していたことを公式HPで発表した。 同HPには、「皆様へご報告」とのタイトルで、「私事ではありますが、10月20日11時20分、第二子となります2964グラムの元気な女の子を出産しましたことをここにご報告させていただきます」と発表。また、「生命の誕生という、奇跡的な瞬間を人生で二度も経験することが出来、幸せを噛み締めているところです。私達家族の元に来てくれたことに感謝し、そして改めて子供達に明るい未来が訪れるよう、全力で向かい合っていきたいと思います」と綴っている。
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トレンド 2011年10月27日 11時45分
大浦信行監督インタビュー「見沢さんと僕は似たところがあって、双子じゃないかと思ったんです」
問題作『天皇ごっこ』で話題になるも、46歳という短い生涯を送った見沢知廉。彼を題材とした映画『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』が今月29日から公開される。公開直前に監督をつとめた大浦信行氏にインタビュー。映画への思いを聞いた。 −−今回の映画を撮ろうと思ったきっかけは? 見沢さんと僕は似たところがあって、双子じゃないかと思ったんです。なぜなら、時代に対する焦燥感、閉塞感のような、抱えている問題が共通しているなと。それはまた、今の若い人たちが抱えている生きづらさと重なってくるのではないかと思うんです。 −−構想はいつから? 前の映画を作っている時からです。ロケ班を含めてスタートしたのは、2007年8月です。最初はふつふつとした思いだったのですが、段々はっきりと意識化していきました。他の構想もあったのですが、先に今回の作品にいってしまいました。今から考えると、それには必然性があったのかもしれません。 −−見沢知廉のイメージは? 生きている時は見沢さんのことをあまり知らなかったんです。逆に周りの友人とかの方が、知っていました。なので、生前の見沢さんを知ってて撮ったというわけではないんです。まったく自分の頭の想念から生まれてきた感じです。 −−あまり意識をしていなかった見沢知廉を映画で撮ろうと思うまでの過程はどのようなものだったのですか? 漠然とした、つくりたいなあという不思議な直感はありましたね。ただ、ふっと思うとまた消えて…、そんな感じがしばらく続きましたね。しかし、徐々にその思いが消えなくなりました。そうして現実的にも「やろうかな」と。そこで、「なぜ、そう思ってしまうのか」を考えるようになり、その時に、「僕と見沢さんはまるでコインの裏表のようだ」と思うようになったんです。作品としも、見沢さんのことをあまり知らなかった分、逆に現実の見沢さんに近づけるのではないかと思いました。 −−今回の作品はフィクションシーンが入り混じる構成になっていますが、この映画はドキュメンタリー作品なのでしょうか? それともフィクション作品? 基本的には中間的な表現だと思います。厳密に区分けすれば、ドキュメンタリーでしょう。登場人物が実名で出ているという点では。ただ、あんまり、ジャンル分けの意識はないです。僕はこういうふうにしか作れないので。これが、映画を通しての僕の全力を挙げた表現という感じです。 −−映画を撮る前と撮った後で、見沢への印象に変化はありましたか? 大きくは変わりませんでした。見沢さんは現実に生きた人だけど、虚構を生きたとも言えます。虚構の中でもがき苦しんでいたと思います。本当のリアルを生きたいともがき苦しんでいたのではと。それが「革命」という意識にまで昇華されていったのでしょう。そういう見沢さんは撮る前も撮った後も変わらないですね。 −−経歴を見させて頂くと「表現の自由」という問題にこだわりがあるように感じられますが。 表現の自由が問題になる社会自体バカたれって感じだよね。何を基準に「自由」を判断するんだ、と思っちゃうね。昔、永井豪の「ハレンチ学園」だってエロだって言われてたんだよ。テレビのワイドショーに彼が出演した時はつるしあげられたんだ。規制を国家や権力が上からやるなんてもってのほかだね。そういう規制をかけようとする人たちって、人間の基本的な生存の問題として、真剣に考えて言っているのか疑問だよね。人間が人間を規制するなんて相当のことですよ。まず、表現は自由であるべき。それが前提です。その上で、批判する人と、創作者と一般の人の議論の場をもっと設けるべきだと思います。 −−最後に、次回作の構想は何かありますか? ありますね。ただ、今、言うのは差し障りがあります(笑)。ますます、日本のタブーへと分け入っていきそうな予感がしているので。でも、今回の『天皇ごっこ』と相似形を成しているのではないか、という予感はあります。大浦信行1949年生まれ。富山県出身。昭和天皇を主題にした版画シリーズ「遠近を抱えて」が日本の検閲とタブーに触れ、社会的な問題となる。劇場公開作品としては「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男。」(2001)、「9.11-8.15 日本心中」(2005)などを発表している。<公開記念トークイベント開催>10/29(土)13:00の回 鈴木邦男(一水会顧問)10/30(日)13:00の回 田原総一朗(ジャーナリスト)11/3(木・祝日)13:00の回 植垣康博(元連合赤軍兵士)11/5(土)18:00の回 篠田博之(月刊「創」編集長)11/6(日)18:00の回 福住廉(美術評論家)11/11(金)18:00の回 雨宮処凛(作家)11/12(土)13:00の回 高木尋士(劇作家・劇団再生主宰)詳細は公式ホームページにてhttp://www.tenno-gokko.com/
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トレンド 2011年10月27日 11時45分
『白竜LEGEND』第19巻、愚連隊は敵役としても力不足
天王寺大原作、渡辺みちお画で『週刊漫画ゴラク』に連載中のヤクザ漫画『白竜LEGEND』第19巻が、10月19日に発売された。この巻では主人公の白竜らがヤクザ以上に無軌道な愚連隊を叩きのめすが、 愚連隊は敵としても力不足であった。 冒頭の「六本木極楽浄土」編は前巻からの続きである。ここで登場した六本木を根城として暴れ回る愚連隊という設定は、市川海老蔵に重傷を負わせた元暴走族集団を連想する。『白竜』には西武鉄道の名義株や暴力団の東急電鉄株式買い占めなど現実の黒社会の事件を下敷きにしたストーリーが多い。そのために「六本木極楽浄土」編では海老蔵事件のアナロジーへの期待も高まった。 『白竜』のようなヤクザ漫画では粋がっている暴走族や愚連隊はヤクザに叩き潰される展開が定番中の定番である。『白竜』でも過去に鮫川順也の率いる暴走族が白竜らに瞬殺されている。「六本木極楽浄土」編でも最終的には白竜が愚連隊を叩き潰す展開は容 易に予想できる。 ヤクザは社会的には悪であるが、暴走族や愚連隊のような社会に迷惑をかける集団をヤクザが叩きのめすことは勧善ではないとしても、懲悪のカタルシスがある。ヤクザ漫画にとって暴走族らは格好のヤラレ役である。現実に「六本木極楽浄土」編では白竜は六本木の商店主の役に立っており、無法者の愚連隊との対称性を際立たせている。 しかし、期待に反して「六本木極楽浄土」編は海老蔵事件のアナロジーではなかった。愚連隊は巨悪に使われる麻薬中毒の小物に過ぎず、主敵は型破りの住職であった。海老蔵事件では元暴走族という肩書きが凄みよりも、いい歳して元暴走族と呼ばれることが恥ずかしいと嘲笑の対象になったが、もはや愚連隊は物語の敵役として描くほ どの価値もなくなったことを示している。 この傾向は少年向けのヤンキー漫画にも表れている。加瀬あつしが1990年代に『週刊少年マガジン』で連載した『カメレオン』は主人公がヤンキーとして成り上がる内容で人気を博したが、連載の長期化によってヤンキー自体が時代遅れの恥ずかしい風俗になった。それには『カメレオン』も敏感で、後半ではヤンキーが時代遅れであることを風刺する自虐的なギャグも登場した。さらにラストは大学受験というヤンキーとは無縁のイベントが展開された。 愚連隊がヤラレ役という予想通りの展開に終わった『白竜』第19巻では「紛争ダイヤモンド」編も収録する。これは悲惨なアフリカの内戦を背景に、ダイヤモンド利権の闇を描く。日本では 認知度が低いものの、闇の深い問題であり、『白竜』にとって好素材になっている。(林田力)
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トレンド 2011年10月26日 15時30分
【車を見れば芸能人がわかる!】チュートリアル福田のミーハー度
先ごろ、後輪ブレーキの無い自転車を運転していたとして、道交法違反(整備不良)容疑で摘発された、お笑いコンビ「チュートリアル」の福田充徳。 「前輪のみでもブレーキが付いていれば問題ないと勘違いしていた。認識不足で申し訳ございません」と後に福田は釈明したが、福田に限らず一部の若者がブレーキを取り外した自転車に乗る理由は「ただオシャレだから」という点にあるらしい。 福田の不祥事を機に、メディアでは自転車の危険な走行がクローズアップされることになり、時を同じくして警視庁はこのほど、自転車の歩道通行の取り締まりを強化すると発表した。 結果的に、自転車取り締まり強化の発端となった感もあり、芸人にも関わらずなんとも“間の悪い”ところを見せてしまった福田。 そんな彼の趣味がバイクであることはお笑い界では知られた話だ。判明しているだけでも「カワサキ・ZRX1200R」、「ホンダ・NSR250R」、「スズキ・スカイウェイブ400」、「ホンダ・CBR1000RR」など総額560万円相当のバイクを所有していという。 これらはどれも良いバイクなのだが、“お金を出せば買える”といった感じがプンプン。芸能人らしく通好みなところが見られない愛車チョイスはちょっぴり残念だ。 バイクも自転車も、“周りがオシャレというのがオシャレ”という庶民的なミーハー感が、彼の人気の理由の一つなのかもしれない。(愛車情報は過去にメディア等で報道された内容を基に取材しております)
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芸能 2011年10月26日 15時30分
芸能人が飼っている変わったペット、珍しいペット
激務にさらされる芸能人の心の友といえば、ペットである。人間不信に陥りやすい芸能界で活動し、日々神経をすり減らす芸能人にとって、決して“裏切らない友人”であるペットは必要不可欠な存在である。芸能人の飼うペットといえば、犬、猫、鳥が中心だが、中には一風変わったペットもある。 まず、怖そうな動物を飼っている芸能人・有名人をあげてみよう。タレントの風見しんごは、「ミシシッピーアリゲーター」を飼っており、新垣結衣のペットは「トカゲモドキ」を飼っている。芸人・モンスターエンジン大林は「タランチュラ」を可愛がっている。あの巨漢でならしたボブ・サップは、「サーバルキャット」を溺愛していたし、アントニオ猪木はかつて「虎」を飼っていた。 また複数 のペットを飼う芸能人もいる。動物好きで知られるモデルの森泉は、自宅の屋上で、「ミニ豚」、「犬五匹」、「ハムスター」を飼っており、芸人のほっしゃん。は、カメ好きで有名で「ミドリガメ」、「アカアシガメ」、「ギリシャリクガメ」、「ケヅメリクガメ」など多くのカメを飼育していた。 さらに、変わったペットならば、山本梓の「ポーチュキーズ・ウォータードック」という日本に十数頭しかいない珍種犬が代表格であり、ベッキーは「ピグミースローロリス」を飼育しており、京本有加は「カメレオン」を可愛がっていた。引田天功も金正日主席からおくられた「豊山犬」という朝鮮固有品種の犬を飼っていた。また、ジローラモは、イタリアの固有種「ブラッコイタリアーノ」を飼っていたと いう。 一風変わったペットは、芸能人の心の闇を解消してくれるのだろうか。
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芸能 2011年10月26日 15時30分
神田うの、妊婦ヌード披露でanan表紙をジャック
タレント神田うのが26日売の雑誌「anan」(マガジンハウス)で、“うのママ”として、初の表紙を飾った。 うのは「家族のポートレートを撮ってもらったような感覚で、すごく温かい気持ちになりました」とコメント。撮影は出産の約1カ月前に行われ、先日10月22日には都内病院で第1子の長女を無事出産している。
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トレンド 2011年10月26日 15時30分
『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』の試写会に中野唯花&西川瑞希
フレグランス製品等を開発・販売しているプーチ・プレステージ・ボーテ(本社=スペイン)は、スペースFS汐留にて、香水ブランド『NINA RICCI』の新商品『ニナ リッチ ニナ レリクシール オードパルファム スプレー』の発売を記念して、NINA RICCI PRESENTS 映画試写会『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』を開催。上映前には、ティーンエイジャーに支持される雑誌である『Popteen』(角川春樹事務所)のモデル・西川瑞希と、『Popteen』のお姉さん的雑誌である『BLENDA』(角川春樹事務所)のモデル・中野唯花による『ニナ レリクシール』についてのトークセッションも行われた。 会場には10代後半から20代前半の女性を中心に、約160人の映画ファンが集まった。また、『ニナ レリクシール オードパルファム スプレー』のタッチ&トライブースも設置。同時にPR動画も上映された。また、来場者全員に『ニナ レリクシール』のサシェが配られた。 友達同士で来たという女性客はもちろんのこと、制服姿の女子高生やカップルたちも、同香水を自由にテスティング。ブースで体験していた女性に、この香水の香りについて聞いてみると「とにかくモテそう」「最初はすごく爽やかな香りだけど、徐々に甘くなってきて、いろんな香りが楽しめます」などの感想が返ってきた。さらに、リンゴの形をしたボトルについても「かわいーっ!」「こんなかわいい形の香水見たことない」「このまま持ち歩いたら、絶対みんなに“かわいい!”って言われるよね」「玄関にそのまま置いてても超かわいい」などと好評。ちなみに、どんなシチュエーションでこの香水を使いたいかと質問をしたところ、ほとんどの女性から「デート前!」「勝負の時!」といった答えが返ってきた。 映画上映前には、女性ファッション誌『BLENDA』(角川春樹事務所)のモデル・中野唯花(24)と、女性ファッション誌『Popteen』(角川春樹事務所)のモデル・西川瑞希(18)によるトークセッションも開催。MCから2人の名前が告げられると、会場に集まった女性客からどよめきがあがり、登場するやいなや客席から「かわいい!」との声援が響いた。 高校時代にニナリッチの香水を愛用していたという中野唯花。当時は甘い香りの香水を好んでいたというが、『ニナ レリクシール』については「深い香りがする」という印象を持ったとのこと。現在24歳となった中野は、「やっとこういう香水が似合う年齢になったと思うので、これから愛用したいです」とコメントした。 一方、現在18歳の西川はリンゴ型のボトルを「入れ物も可愛いので、飾りとしてもオシャレかなってカンジです」と絶賛。香りについては「爽やかで大人っぽい」というイメージで、「もしも彼氏ができたらデートの時につけたいな、って思います」と照れながら語っていた。
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ミステリー 2011年10月26日 15時30分
ミステリー紀行「創られた悪女〜高橋お伝の伝説〜」
谷中霊園は、“谷中・根津・千駄木”エリア、通称谷根千の散歩コースにも含まれている。自然の多い広大な墓地で、メインストリートの桜並木はお花見スポットとしても有名である。 高橋お伝(1850〜1879)斬首刑となった最後の日本人女性として知られ、明治初期の伝説の悪女といわれる。だが、それは創られた虚像であるというのはお伝の名誉にかけて言わねばならないだろう。 お伝は、複雑な事情で誕生後すぐに養子に出されている。14歳の時に婿を迎えるも離婚。その後、高橋浪之助という男性と結婚。浪之助は二枚目でお伝もかなりの美人だった。二人はたいそう仲も良く、美男美女で誰もが羨む理想の夫婦であった。 だが、そんな二人に悲劇が襲う。浪之助が癩病を患ってしまったのだった。現在は適正な治療により治す事のできる病であるが、医学的知識の乏しい当時は死病と恐れられていた。きっと差別も酷かったであろう。お伝は夫を毒殺したなどと書かれているがそんなことはなく、献身的に介護をしていた。夫の高額な治療費を稼ぐために、仕方なくわが身を売らなければならなかったのだ。だが、その甲斐もなく夫も亡くなってしまう。 やがて、小川市太郎という男と恋仲になるものの、市太郎は遊び人で働かない。やがて、借金は重み古物商の後藤吉蔵に言い寄られ枕を交わすことになる。しかし、借金を断られてしまったためお伝は後藤吉蔵を殺害したとされている。 その後、強盗殺人容疑で逮捕。1879年市ヶ谷監獄にて、29才で斬首された。 実は、谷中の墓にお伝の遺骨は納められておらず、南千住にある小塚原回向院に眠っている。谷中の墓のほうは、『高橋阿伝夜刄譚』(たかはしおでんやしゃものがたり)で、お伝を毒婦に仕立てさんざん儲けた戯作者:仮名垣魯文が、気がとがめたか祟りを恐れたのか建てたものだったのだ。 この高橋お伝については、明治政府が民衆に貞節を根付かせるため、お伝を悪女に仕立て上げて道徳教育用に話を使ったとされている。日本で儒教的な価値観が一般化したのは明治維新後。いわゆる「家」制度である。一番偉いのは父であり長男。つまり「家」を存続させることが最優先されたため、女性は家や男の統治下に置かれ付属物あつかいされていた。下の者は上の者に絶対に従わねばならぬという、人間に身分の上下をつけることによって、支配者が民衆を支配しやすいように洗脳したのだろう。 女性差別が激しい時代、貧困の中、愛する人を守るために厳しい世の中をたくましく生き抜いたお伝。その実像は、悪女などではなく、もっと清らかで純粋な女性なのではないだろうか。(呪淋陀)
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スポーツ 2011年10月26日 15時30分
ロンドン五輪出場目指す“元祖女子レスリングの女王”山本美憂が3度目の離婚
来年開催のロンドン五輪出場を目指し、6月に7年ぶりの現役復帰を表明した“元祖女子レスリングの女王”山本美憂(37=白寿生科学研究所)が、6月に3度目の離婚をしていたと一部メディアが報じた。 ロンドン五輪出場を期した美憂は、10月16日に開催された全日本女子オープン選手権で優勝を果たし復調ぶりをアピール。現在は五輪への出場権が懸かる全日本選手権(12月21〜23日)へ向け、練習拠点のカナダで合宿中。この件に関し、美憂は「現役復帰とは関係ない。こういう形(離婚)の方が、お互いがんばれると思う」と語っているという。2男1女の3人の子どもの親権は美憂がもつ。 父はレスリング・ミュンヘン五輪代表の山本郁栄氏で、総合格闘家の山本“KID”徳郁、同じく女子レスリング世界覇者の山本聖子の姉に当たる美憂は、浜口京子とともに、日本女子レスリング界の黎明期を支えた。91、94、95年と3度世界選手権を制し、全日本選手権V8の実績を誇る、まさに“元祖女子レスリングの女王”。その美貌もあって、少女期から注目度も高かった。 美憂は94年にJリーグ・浦和レッズ(当時)の池田伸康と結婚し引退。その後、第一子となる男児を出産するも、99年に離婚。同年に復帰し全日本も制したが、総合格闘家のエンセン井上と再婚し、00年に2度目の引退。04年アテネ五輪で女子レスリングが初めて正式種目になることを契機に、2度目の復帰を果たすも、五輪出場はかなわず、同年4月に3度目の引退。その後、エンセンとも離婚したが、06年にアルペンスキー五輪代表の佐々木明(30=チームエムシ)と3度目の結婚。佐々木との間に第二子(男児)、第三子(女児)をもうけていた。 プライベートでは身軽になった美憂は、五輪出場の夢に向け、12月の全日本選手権に自身のキャリアのすべてを懸ける。(落合一郎)
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スポーツ 2011年10月26日 15時30分
急転! 岡田監督が「野手がほしい」で1位リストは二転三転?
最後に折れるのは、どちらか…。オリックス・スカウト陣は「ドラフト1位は当日、(会場の)テーブルで決める」と語っている。「会議場のテーブル」は大げさだが、どの球団も会場入り直前まで「1位指名を誰にするか」を話し合っており、一部の指名選手を表明した球団を除けば、「当日に指名選手を決める」のはおかしな話ではない。 「競合覚悟で藤岡(貴裕=東洋大)クンの入札に行くと聞いていますが…」(ライバル球団職員の1人) オリックスは今回も岡田彰布監督(54)とスカウト陣が良い意味で意見衝突することになりそうである。 岡田体制になって3度目のドラフトを迎えるが、岡田監督の意見を重視する指名を続けてきた。就任直後の09年は「中継ぎが欲しい」の要請を受け、左腕・古川秀一(日本文理大)に1位指名を変更。翌2010年は3度の抽選に外れる“迷場面”を演じてしまったが、2度目の抽選以降で岡田カラーが出ている。伊志嶺翔大(東海大・現千葉ロッテ)、山田哲人(履正社高・現東京ヤクルト)を入札。4度目で後藤駿太(登録名=駿太)を得たが、最初は投手の大石達也(早大・現埼玉西武)を入札している。『野手』にきりかえたのは、岡田監督の強い要望によるものだった。 「今季、梶本勇輔(登録は内野手)を交代選手で外野守備に入れたら、内野の控えが『山崎浩司だけになった』なんて試合もいくつかありました」(プロ野球解説者) 昨年ドラフト会議で、外野手・伊志嶺、内野手・山田を入札し直し、抽選劇を繰り広げたのは、こうしたチーム事情によるものだ。4度目の入札で得た駿太をいきなり開幕スタメンで抜擢したのも、「早く一人前になって欲しい」なる思いもあったのだろう。 しかし、岡田監督が今回も『野手』の1位指名を主張する理由はそれだけではない。 今秋のドラフトに向け、オリックス・スカウト陣は藤岡入札の方向性だったが、岡田監督は何度か『野手』の補強を示唆している。前述の野手不足も影響している。だが、終盤戦で「あと一歩」のところでクライマックスシリーズを逃した敗因は投手陣の駒不足だった。即戦力投手の補強を真っ先に考えるのが普通だが…。 「野手の1位指名にこだわる」のは、一時期の故・根本陸夫氏の理論に近いものがあるという。70〜80年代を知る元スカウトによれば、西武ライオンズの創成期は「野手の1位指名に神経を尖らせていた」そうだ。 改めてデータを見てみると、西武ライオンズとなった最初のドラフト会議(1978年)の1位指名は投手だったが、79年・鴻野淳基、80年・石毛宏典、81年・伊東勤、84年・大久保博元、85年・清原和博、87年・鈴木健と、最初の10年間で6人もの野手を1位指名している。 当時、根本氏は「投手は1週間に1度、野手は毎日試合に出る。チームの礎を築くには、まず自前のスター選手を…」と語っていたという。ライオンズが黄金期を築いた勝因は『根本理論』だけではないが、「1位指名の野手」をスター候補と位置づけたのは興味深い。もちろん、下位指名した無名高校生を育成するのも『ドラフトの美談』ではあるが、岡田監督が4度目の入札でやっと決まった駿太を開幕スタメンで起用したところに、根本氏に近い発想を感じる。 「イチロー、野村克也氏のような一部の例外を除けば、後にスーパースターと称される選手はプロ1年目から試合に出ています」(元スカウト) 阪神指揮官の時代も、やはりドライチの鳥谷敬を1年目からスタメンで起用した。近年、ドラフト1位は「即戦力投手枠」と解される傾向もある。スカウトにすれば、指名後の交渉がスムーズに進むよう、足繁くお目当ての選手のもとに通い、信頼関係を築いてきた。それを「監督のひと言」で覆されたら、「スカウトは何のために苦労してきたのか!?」と言いたくなる。監督に反論する部分も出てくるだろう。チーム関係者によれば、岡田監督は抽選クジの引き役を下りたいと愚痴っているそうだが、今年の1位指名が即戦力投手なのか、スター候補(=野手)なのか、会議のテーブルに着くまで大議論が展開されそうである。(一部敬称略/スポーツライター・飯山満)
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