しかし、戦艦ノヴォロシースクはこれまでなんども爆発が起きた場所で停泊しているのに「なぜ悲劇の日には機雷が爆発したのか?」といった疑問など、遺棄機雷説では説明の付かない矛盾がいくつかあり、艦隊の将兵には調査結果に納得しないものも少なからずいたという。そして、将兵の間では「イタリア人の水中特殊部隊が設置した爆薬による破壊工作である」との噂が、まことしやかにささやかれていたという。
なぜ、イタリアなのか?
それは、戦艦ノヴォロシースクの過去に由来する。
戦艦ノヴォロシースクは、元イタリアの戦艦ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)であり、敗戦にともなって戦時賠償としてソ連へ引き渡された艦なのだ。そして、イタリアの極右はソ連が元イタリアの戦艦を運用することに激しく反発し、とある退役軍人が新聞に過激な論説を寄せたこともあったという。
問題は、その過激な論説を寄せた退役軍人は第2次世界大戦中に水中特殊工作部隊「第10潜水戦隊(XMAS)」の指揮官としてイギリス海軍の戦艦を大破させ、戦後はイタリア極右勢力の実力者として反共活動を展開した、ジュニオ・ヴァレリオ・ボルゲーゼ元中佐であり、適切な支援が得られれば戦艦への破壊工作を実行する能力を持っているということだった。さらに厄介なことに、ボルゲーゼ元中佐は英米の情報機関とのコネクションがあり、国家規模の適切な支援を得られる可能性すら存在していたのである。
そのため、旧ソ連時代から現代のロシアに至るまで、戦艦のノヴォロシースクの悲劇をを事故ではなく、破壊工作による事件と考える人も少なくない。また、近年ではかつてボルゲーゼ元中佐の下で諜報活動に従事したとされる人物が、インタビューで戦艦ノヴォロシースクの破壊工作への関与を匂わせたとか、あるいは爆発当日は軍港の潜水艦侵入防止システムが作動していなかったといった情報が出て、噂が信憑性を帯びつつある。
さらに、旧ソ連の情報公開が進むに連れて、指導部内の主導権争いに端を発するKGBの秘密工作、あるいはKGBがイタリアの工作を黙認した、致命的な不手際はサボタージュとの陰謀論まで飛び出し、謎はよりいっそう深まりつつあるのだ。(了)