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2016年夏の甲子園大会 「エースで負けること」の意義

 強豪校の指導者に聞くと、チームのピークは夏の甲子園大会に向けて作るという。前年の同大会に出場したか否かによって、新チームのスタート時点は微妙に異なる。しかし、学年ごとに中軸になりそうな選手がいれば、「この学年が3年生になるときは…」という“3か年計画”を進めつつ、学年を跨いだその年のベストチームも作っていく。また、学校によって『目標』も異なる。有名校の中には「甲子園ベスト8以上」なんて高い目標も掲げるところもあったが、大多数は「甲子園出場」と話していた。檜舞台に出て、さらに1勝を積み上げられたら…。指導者はそう考えているようだった。

 大会8日目の8月14日、2回戦4試合が行われた。東邦(愛知)が9回裏に4点差を跳ね返す大逆転劇を演じた。
 「感動を通り越して、夢のような試合」
 これは、主将も務めるエース・藤嶋健人投手の試合後のコメントだ。
 「金属バットの高校野球は何が起きてもおかしくはない」とはいえ、ミラクルは年中起きるものではない。東邦はこの試合で最大7点差をつけられたが、逆転勝ちを収めた。資料によれば、夏の甲子園史上で、8点ビハインドをひっくり返したのが最大(1997年と2014年)。4点差を追ってのサヨナラ勝ちとなると、06年の智弁和歌山と帝京の一戦以来となる。藤嶋投手の「夢のような…」の言葉は、甲子園史に残るゲームを体感した者でしか分からない興奮も言い表している。

 この逆転劇のグッドルーザーとなった八戸学院光星も、もっと評価されても良いのではないだろうか。
 同校は和田悠弥、戸田将史の両控え投手を使い、背番号1の桜井一樹投手を7回からマウンドに送った。今夏の八戸学院光星は「投手層も厚い」との前評判だった。青森県大会のデータも見たが、全6試合に5人の投手を注ぎ込んでいる。東邦との一戦は「和田−戸田−桜井」の継投を事前に決めていたのだろう。2番手・戸田は3回を投げ、打者12人に対し、被安打「1」。結果論だが、東邦戦で無失点の投手はこの戸田だけだ。トーナメントの高校野球において、指揮官がもっとも躊躇うのは「抑えている投手」を交代させること。最後にエースの登板を決めていたとしても、好投した戸田を交代させるには勇気がいる。案の定、最後を託された桜井は7回に2点、8回にも1点を失い、9回に臨む。
 「先頭打者を出してから、いやな雰囲気になったと思った」
 八戸学院光星の仲井宗基監督は試合後の共同インタビューでそう語っていたそうだ。

 仲井監督はその言葉通り、先頭打者を出塁させた直後、伝令をマウンドに走らせている。「守備のタイムは3度まで」。大会ルールでそう決められており、これで八戸学院光星は全てを使い切った。ここから東邦打線の猛攻が始まるわけだが、八戸学院光星の守備陣は“間”を取ろうと思えばできる。奥村幸太捕手が一度マウンドに行っているが、それ以外にも、たとえば内野手が2、3歩前に出て声を掛けるとか、野手の誰かが靴紐を縛り直す、あるいは、守備の交代でインターバルを置くなど、やろうと思えば方法はいくらでもあった。まして、ベンチ入りしたメンバーの中には控え投手も残っていた。
 投手交代、エースには次の試合で名誉挽回させてやれば…。そんな選択肢も考えられたわけだが、八戸学院光星ベンチとグラウンドにいた8人の野手は桜井に全てを委ねた。申し合わせたようでもなかった。エースの投球に割って入らず、檄を飛ばすだけだった。守っている野手はもちろん、チーム全体から信頼されるのが真のエースである。「エースなら、なんとかしてくれる」が“全てを託す”の雰囲気となった。しかし、それは残念ながら、「エースで負けたのなら仕方ない」の思いに変わっていく。
 今大会は好投手が多い。桜井のように「エースたる姿」を見せてほしいと思う。(スポーツライター・美山和也)

*写真イメージ

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