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元日本ハム・新庄氏、現役復帰は実現する? 2度戻ってきた選手も、プロ野球引退後の復帰劇

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新庄剛志氏

 11月12日に現役復帰を表明し、プロ野球ファンを中心に大きな話題を集めた元プロ野球選手の新庄剛志氏(元日本ハム他)。来年のトライアウトに照準を合わせ、現在は自身のインスタやユーチューブチャンネルで頻繁にトレーニング姿を公開している。

 しかし47歳という年齢や、引退から13年が経過していることもあり、ネット上では「ここから現役に復帰するのはいくらなんでも無理だろ」、「人気は今でもある選手だけど、実力となるとなあ」、「そもそも本気で現役復帰する気があるのか?」といったネガティブな声も根強い。

 ただ、過去の球史を振り返ってみると、引退を撤回して現役復帰を果たした選手は少なからず存在する。例えば、1996年から2005年にかけて近鉄・巨人で活躍したローズは、巨人退団後の2006年に37歳で現役を引退するも、翌2007年にオリックスで現役復帰。2度目の引退となった2009年までの3年間で104本塁打をマークし、2008年には118打点でパ・リーグ打点王にも輝くなど活躍した。

 ちなみに、ローズは二度目の引退から約6年後の2015年5月に、BCリーグ・富山で2度目の現役復帰。41試合に出場し「.315・5本・37打点」をマークするなど46歳とは思えないような往年の打撃を披露したが、翌年以降は来日せず現在は事実上の引退状態となっている。

 阪神の前身・大阪タイガースの黎明期を支え、“初代ミスタータイガース”とも称される藤村富美男は、選手兼任監督だった1956年に40歳で引退。翌1957年は専任監督となるも、そのまた翌年の1958年に現役復帰した。

 しかし、首位打者を1回、本塁打王を3回、打点王を5回獲得した藤村はこの時既に42歳。同年は24試合で「.115・0本・1打点」と寄る年波には勝てず、結局この年限りで再び引退を決断している。

 通算533犠打の世界記録を保持し“バントの神様”と呼ばれた巨人・川相昌弘は、当時の世界記録(512犠打)を塗り替えた2003年に39歳で現役引退を表明。翌年からは巨人でコーチに転身する予定だった。

 しかし、同年オフに巨人の監督が原辰徳から堀内恒夫へと交代したことにより、川相の人事も不透明な状況に。このことが影響したのか、川相は引退を撤回して巨人を退団し、入団テストを経た上で中日に入団。正式に引退する2006年までの3シーズンで計200試合に出場し、2004、06年にはセ・リーグ優勝を経験してもいる。

 こうした先人たちと、同じ道をたどろうとしている新庄氏。ただ、以上の3名を含め復帰事例の多くは1年前後のブランクにとどまっており、NPBではないBCリーグに復帰したローズでもブランクは約6年。現時点で13年、トライアウトを受ける来年には14年ぶりのプレーとなる新庄氏が、それを乗り越えてNPBに復帰できるかどうかは全くの未知数だ。

 ただ、新庄氏は2006年に34歳の若さで引退したため、ブランクを入れてもトライアウトの時点で48歳。もちろん現役復帰は疑問視される年齢ではあるが、まだ50歳には到達していない。投手と野手という違いはあるが、球界では元中日・山本昌氏が50歳まで現役を務めたケースもあるため、「もしかしたらやってくれるのではないか?」という期待も少なくない。

 2006年に引退した際の所属球団である日本ハムからの申請により、11月27日にどの球団とも契約できる自由契約選手としてNPBに公示された新庄氏。果たして、今後獲得に名乗りを挙げる球団は現れるのだろうか。

文 / 柴田雅人

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