「そのとき、実家で暮らすことが本当につらかったので、わらにもすがる思いでその提案を受けました。見学に行ってみたところ、施設はとてもキレイで、一人一人に個室が与えられて、何の問題もないように感じましたし。まさかその施設が、あんなにひどい場所だったとは、夢にも思いませんでしたね…」
その施設は、いわゆる“ワケアリ”の人だけが暮らす施設だった。精神疾患者をはじめ、アルコールや薬物の依存症、刑務所から出所したばかりの人、身寄りがなく何十年間も施設を転々としている人が施設入居者の大半。それだけに、トラブルが起きない日はなかった。単純に不仲が理由のケンカでけが人が出ることもあれば、中には女性同士ながら気になった相手に金銭や物を一方的に押し付ける人やその好意を利用する人もいて、修羅場になることもあったという。
「私はなるべく目立たないように気をつけていたのですが、『あいさつに元気がなかった』とか、その程度のことで施設の中心グループに目をつけられてしまいました。大声で悪口を言われる、朝から部屋に押しかけられて生活態度に関して文句を言われる、ゴミを部屋の前に捨てられる、といった嫌がらせを受けるようになりました」
まるで学生のいじめのような嫌がらせだが、それが毎日続くとなると、たまったものではないだろう。ただでさえ精神疾患を抱えているのに「このままでは生きていけなくなる」とまで思い詰めたA子さん。年末年始が近づくにつれて、どうにかしてまた実家に戻ろうと考え始めた。
「年末年始は、施設でも豪華な食事が出ますし、楽しそうなイベントも開催されるんです。でも、反対に言えば、年末年始も家族やそれに準ずる相手の家に外泊予定がないのであれば、そういう人は死ぬまで一生施設暮らしになる、といった噂がありました。私は多少無理を言って、年末年始は実家に外泊しました。外泊の際に『施設にいることが耐えられない』とありのままの現状を家族に話し、和解して、数ヶ月後に施設を退所して実家に戻ることができました」
A子さんのように、施設での生活が合わなかったという人もいれば、公共施設に救われたという人も当然いる。施設暮らしであることが一概にいい・悪いと決めつけることはできないが、一生施設暮らしとなると、想像を絶するものがある。平穏な暮らしを手に入れた今、A子さんは何を思うのか。
「施設に対しては何の恩も感じませんでしたが、実家や精神病院で生活するよりもひどい場所があると知ることができたことは、かえってよかったのかもしれません。『もう二度とあそこには戻りたくない』その一心で社会復帰し、結婚して自分の家庭を持ちました。施設にいたことは、私にとってまさに黒歴史です」
A子さんには実家があったからよかったものの、どこにも行くところがない人はどうすればいいのか。社会全体で考えるべき問題なのかもしれない。
文/浅利 水奈