これは、第三者が正規の伝送路を乗っ取り、独自の内容を送信するという行為である。「電波ジャック」はもちろん犯罪であり、行った場合には厳重に処罰(電波法違反)されるのだが、日本国内ではこの電波ジャックが実に巧妙な形で行われたことがある。
1987年(昭和62年)に放送されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』。渡辺謙を主役に三浦友和、西郷輝彦ら当時の人気俳優が多数出演した本作は、全話平均視聴率39.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)というNHK大河ドラマ史上最高のヒット作として知られる。実は、本作は電波ジャックの被害に遭ったことがある。
当時の新聞記事から紐解いてみよう。
朝日新聞によると、電波ジャックが発生したのは4月5日の夜。この日、『独眼竜政宗』は第14話の「勝ち名乗り」というエピソードを放送していた。ところが、番組が佳境に入った20時20分頃、東京都中野区、杉並区、練馬区などの一部地域で、放送中の画像が突然乱れるなどの放送トラブルが約4分間続いた。
この映像トラブルは上記の地域のみで、杉並区の一部家庭では、放送の乱れとともに人間らしい映像と「清き1票を……」という選挙がらみの内容らしい音声が流れたほか、一部地域では、女性の声で「これから緊急放送をお送りします」のアナウンス、そして車が炎上する画面が映し出され、ある政治家の名を挙げて、「杉並区から追放しましょう」などと呼びかけたという記録がある。
明らかに時代劇ではない放送内容から、NHKには苦情や問い合わせが100件ほどあり、NHKは番組終了後「一部地域で画像が乱れました」という謝罪テロップを放送した。
そして、「大河ドラマ電波ジャック事件」から約10日後の4月16日、高井戸署は、杉並区内で超短波無線送受信機を使って発信していた男性グループ数名を逮捕した。このグループは東京都議会議員補欠選挙に立候補している政治家に個人的な恨みを持っており、世にも恐ろしい「電波ジャック」を思いついたのだという。
以来、日本では大規模な電波ジャック事件は発生していないが、個人でも気軽に映像が配信できる現代、電波ジャックに代わる電波テロはいつか我々の生活に忍び込んでくるかもしれない。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)