いきなりの告白だった。8日の東京・両国国技館大会でIWGPヘビー級チャンピオン永田裕志から王座奪還を果たし、一夜明け会見に臨んだ棚橋。淡々と第2次政権での意気込みを語り終え、その直後のことだった。
「この場をお借りして発表があります」。真剣なまなざしでそう切り出すと「棚橋弘至という人間にはいろんな体質がありまして、なかなか言いだせなかった…」と、なにやら重大発表ムードを漂わせ語り出した。慎重に言葉を選びながら「実は棚橋弘至、結婚してました」と真顔でブチまけた。
突然のカミングアウト。なぜいままで公表を差し控えていたのか。同社広報担当者によると「これまで発表に際しては弊社から棚橋選手に待っていただいておりました」とのことで「この度IWGP奪還というタイミングもあってご自身から明らかにすることになりました」という。
会見では2003年5月6日に結婚したこととともに、3歳の長女と2歳の長男の2児のパパであることも明らかにしたが、相手が一般人ということから名前などについて言及することはなし。さらに妻との馴れ初めなどについても「いやぁーゴムの日(5月6日)に結婚しました」とジョークを飛ばすのみで多くは語らなかった。
結婚公表こそしたもののいまだ謎多きフェロモンボディー。奇しくも王座奪還を果たした8日は苦楽を共に支え続けてくれた妻の31回目の誕生日だったが、それでも棚橋は会見であまり詳細について語りたがらなかった。しかしそんな棚橋が結婚秘話について本紙にこっそり教えてくれた。普段はジャックナイフのように鋭いまなざしの棚橋が、柔和な表情を浮かべながら言う。
「実はボクとかみさんとは中学の同級生でして、そこから…」。棚橋によるとふたりは10年越しの「10年愛」を実らせ“タッグ”を結成したという。「あと思い出の曲は175Rさんの『夢で逢えたなら…』ですね」。175Rの軽快なサウンドがふたりの愛を後押ししてくれたのだろう。
そればかりではない。フェロモンボディーは本紙だけにカミングアウトした現在の心境をそっと得意のポエムでそっと耳打ちしてくれた。「G1後、家庭内でも、クライマックス」。G1初制覇後に何があったのかは不明だが、意味深なのは間違いなさそう。
「棚橋弘至はあくまで危険な男です。結婚してたからといって気を抜かないように…」。カミングアウトしてもなお、フェロモンボディーから放たれる危険な香り。魅惑のチャンピオン棚橋のさらなる飛躍を期待したい。