7月7日、ナゴヤドームで行われた東京ヤクルト戦で、与田剛監督(53)がルーキーを代打起用した。勝敗の行方も見えてきた8回裏、先頭バッターとして打順の回って来た投手に代わっての出場だった。6点リードのさほど重要ではない場面で、結果はデッドボール。しかし、高卒ルーキーにとって、忘れられない「第一歩」になったはずだ。
そのルーキーとは、石橋康太のこと。ドラフト4位、高校通算57本塁打の打撃力も評価されていたが、ポジションはキャッチャーだ。強肩、試合中も声を出してチームを引っ張るキャンテンシーの持ち主。中日の地元・名古屋のスポーツメディアは「1位指名の根尾昂よりも先に一軍昇格」とエールを送っていたが、「高卒キャッチャーが1年目で一軍昇格」した点は、もっと高く評価されても良いのではないだろうか。
「二軍で4本塁打、11打点(36試合)とバットでアピールし、二軍首脳陣から推薦がありました。開幕マスクをかぶった加藤匠馬が調子を落としたままなので、与田監督も石橋に興味を持ったようです。6月下旬に一軍の練習に帯同させ、様子を見ていましたが、一軍捕手の松井雅人をその直後にトレード放出しているので、石橋を本当に一軍で使うつもりなんでしょう」(地元紙記者)
高卒捕手がプロ1年目でマスクをかぶるのは、中日では1952年の河合保彦だけ。高卒捕手がルーキーイヤーにマスクをかぶるのは並大抵のことではないのだ。ドラフト事情に詳しいマスコミ関係者は「高卒=育成」の解釈を持っているのだが、球団やプロ野球OBにその内情を聞いてみると、キャッチャーのポジションだけは事情が異なるそうだ。
高校から伝統球団に指名された元捕手のプロ野球OBは、こう語っていた。
「二軍戦でマスクをかぶり、サインを出したら、全部無視されました。試合途中から、投手、味方ベンチのバッテリーコーチがサインを出して…」
そのキャッチャーは自分のサインに至らないところがあったと思い、試合後、バッテリーを組んだ先輩投手のところに行くと、
「こっちは生活が懸かっているんだ。オマエの勉強に付き合っていられない!」
と、一蹴されたそうだ。
「単に、自分の出したサインが至らないせいだけではありませんでした。高卒捕手は子ども扱いされる空気がプロ野球界に定着しているようでした。大学卒、社会人野球から来た捕手はそんなことはありませんが」(同)
プロと高校野球には、大きなレベル差がある。また、先輩である二軍投手の立場からすれば、早く一軍に昇格しなければクビになるという危機意識もあり、「勉強」「将来性」の言葉で許される高卒捕手とお付き合いしている暇はない、と。その気持ちは分かる。他球団の高卒でプロ入りした捕手も似たような経験談を話してくれた。自身の出したサインに頷いてくれるようになったのは、3、4年が経過してからだったという。
もっとも、谷繁元信・元中日監督のように、プロ1年目から試合出場のチャンスをもらった高卒捕手もいた。その話を「サイン出し」で苦労した前述のプロ野球OBにぶつけてみると、こんな答えが返ってきた。
「失礼な話、谷繁さんが入団した大洋球団(当時)は優勝を狙える状況ではなかったので…。先輩投手も『育ててやろう』という雰囲気になれたのだと思います。もちろん、谷繁さんの実力もありますが」
チャンスをもらった石橋は、試合中もブルペンに行って味方投手のボールを受けるなどし、先輩投手の特徴を掴もうと必死だった。石橋がマスクをかぶった時、点差の離れた場面であれば、「勉強」も許されるかもしれない。捕手出身の伊東勤ヘッドコーチがいるので、巧く段取りはしてくれると思われる。強打強肩の好捕手になりうる逸材だけに、良いキャッチャーデビューをさせてもらいたいものだ。
(スポーツライター・飯山満)