『クレヨンしんちゃん』といえば、下品なシーンや、主人公・野原しんのすけの言動などで、テレビアニメの放送開始時から、日本PTA全国協議会の「子どもに見せたくない番組」アンケートにたびたび上位にランクインしている作品だが、劇場版というと、家族で楽しめる感動作という認識が強い。その方向で注目されるようになったのは、2001年の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』や、その翌年公開の『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』の2作の貢献が大きい。本作は、その2作の監督だった原恵一氏が、初めて映画シリーズの監督を務めた作品にあたる。また、後に同シリーズの監督を担当し、現在は『ガールズ&パンツァー』の監督などで知られる水島努氏が、演出担当として関わった初めての映画でもある。
他にも、この作品は、2009年に亡くなった原作者の臼井儀人氏が劇中にカメオ出演した初めての作品でもある。他にも野原家の長女であるひまわりが劇場版に初登場するのもこの作品からで、ここで現在に続く劇場版作品の基本形が固まったと言っていいだろう。
『クレヨンしんちゃん』の劇場版というのは、毎回テーマが若干違うものの、基本的に本編とはかけ離れた設定で、アクションシーンを重視したものとなっている。大体の作品で、特定の事件か組織・人物に野原家が巻き込まれる形で話が始まり、ゲストキャラなどと協力して問題を解決するという内容が定番だ。作品ごとに、異世界に飛ばされたり、過去にタイムスリップしたり、悪の組織に狙われるなど、かなりぶっ飛んだ設定であるケースが多いのだが、普段からエキセントリックな野原家だから「有り得そう」と思わせてしまうところが、劇場版が長く続いている理由かもしれない。本作では、ひょんなことから魔神ジャークの復活の鍵になる2つの“タマ”のうちの1つをひまわりが飲み込んでしまったことから、タマを守護していた「珠由良(たまゆら)族」のオカマ3兄弟・ローズ、ラベンダー、レモンと関わり、魔神復活を企む「珠黄泉(たまよみ)族」からひまわりを守るストーリーとなっている。
また、『クレヨンしんちゃん』の劇場版のシリーズには、同じく長期に劇場版展開を続けている『ドラえもん』など、他の児童向けアニメと大きく違う点がある。ほぼ全ての作品で、家族全体で異変に巻き込まれることになるので、野原みさえ・ひろしら“大人”を中心とした視点と、しんのすけ・ひまわりを中心とした“子供”の視点の、2本のストーリーラインが常に存在している。この2本のラインがあるからこそ、子供の主張のみや、大人の一方的な意見の押し付けという状況が起こらず、誰でも納得しやすい世界観というのが出来上がっている。
今回の作品では、生まればかりの妹ばかりを構う親に対しての、しんのすけの長男としての苦悩がさり気なく描かれているので、その辺に注目して欲しい。やがてしんのすけがヤキモチ的な感情を乗り越え、“兄”として自覚を得ていく様が、ギャグに紛れて、しっかりと描かれている。劇中でひろしが、「何かあったらひまわりを頼む」としんのすけに話す辺りも、それまでのシリーズでは、最終的に子供として守られる立場だったしんのすけが、兄として、妹を守る立場にもなったということを強く印象づける。
さらに、この作品はそれまでの劇場版シリーズにあった、大型ロボットやヒーロー、ファンタジーという要素が極力抑えられており、作品の舞台も現実世界で、アクションシーンなども肉弾戦が中心だ。この事により、危機に陥った親子が協力して問題にあたるという、“家族の絆”を強く意識させる構成になっており、後のこのシリーズの大きな評価の要素になる、感動路線の片鱗も確認できる。
ストーリー展開の他にも、アクションシーンも特筆すべき点だ。空港のシーンやスーパーマーケットのシーンでは、よく香港のカンフー映画にあるような、手近な物を利用した戦闘シーンが展開される。しかも、オカマVSホステスというインパクトの強い絵面で。さらに、派手な格闘シーンの中で、引きの絵と寄りの絵がバランスよくカットに入っており、観る側を飽きさせない。途中から野原家を助ける存在として登場する、千葉県警成田東西署の女刑事の東松山よねの拳銃発砲シーンなども、よく見ると弾が発射される前に、寄りのシーンで銃身が下に向いており、射撃の下手くそ設定がしっかりと描写されている。また、初期の同シリーズが得意としてきた、高所での戦闘シーンも、まだ開発中だったお台場臨海副都心の、施工途中のビルを使って、効果的に演出されているので注目だ。
そして、それらのアクションシーンを盛り上げるのが敵キャラの存在感。同劇場版シリーズでは、度々オカマキャラ・オネエキャラが“最強の敵”として登場する場面があるのだが、今回の作品ではオカマキャラが味方の側にいる。しかも3人も。それでも今回のボスキャラであるヘクソンは簡単には倒すことが出来ないのだ。相手の心を読む超能力者で、珠由良の長からは「なんという凍えきった魂! 本当に人間か?」と形容されるほどで、劇場版シリーズでとしては珍しい、ほころびの部分が極端に少ない純粋な悪役キャラとして登場する。このキャラの強さを印象つける為に、珠由良の里でわざわざ、『七人の侍』の登場キャラをモチーフとした、凄腕のジジイキャラ達を圧倒的な実力でねじ伏せるシーンなどもあり、シリーズ中でもかなりの強敵と言える存在だ。その巨悪を全員で協力して、やっとのことで倒す辺りに、視聴する側もその戦いに参加しているような妙な一体感が生まれる。
ギャグ方面に関しても、『クレヨンしんちゃん』らしい、本来のお笑い要素を崩さずに、ストーリーを展開している方向性がかなり良い。実は、この劇場版もシリーズを重ねていくと、感動路線を大きく印象つける為に、無理やり劇場版用の要素を盛り込むことが多くなり、ギャグの面が弱めになってしまうケースが多くなるのだが、この作品では上手くバランスが取れている。本来の作品のとしての魅力を崩さず、劇場版の感動要素も詰め込んでいる辺りで、この作品は劇場版シリーズの中でも最高傑作と言っていい作品だ。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)