南を向けば、海の向こうに百万ドルの夜景が広がり、聞こえてくるのは九龍半島から香港島へと繋がるスターフェリーの汽笛だ。
信号機が発する「チキチキチキ」という独特なメロディーを聞きながら、人混みの中を港に向かって歩いていくと左側に一際活気づいたビルが現れる。入り口からはインド人達が歩道一杯に溢れ、道行く人にひたすら声を掛けている。
内部を覗くと、そこにもやはりインド人の群れ。カレーの匂いが漂うなんともスパイスの効いた建物だが、ここが今回紹介する安宿密集ビル、重慶大厦(チョンキンマンション)だ。
5棟が寄り添う形で1つになっているこのビル。1階、2階部分は水平方向にぶち抜かれ、両替商、SIM屋、電化製品店、生活雑貨店、カレー屋などがひしめき合い、迷路のような空間を創り出している。3階から17階までが安宿エリアとなっており実に100近い数のゲストハウスが詰め込まれている。
早朝から夜までは常に熱気でギラギラ、華やかな印象もある重慶大厦であるが、日が変わりしばらく経った深夜1時頃から人の姿は一気に減り、よりディープな世界へと移り変わっていく。
このビルに宿泊しているのは実は観光客ばかりではない。様々な国から出稼ぎに来ている労働者が、香港の異常ともいえる家賃の高さのせいで住居を確保することができずに、このビルに住み着いてしまう。そして彼らの中には全うな仕事が得られず裏社会のまたその裏へ入り込んでしまった者もいる。
それはこの時間になると現れる、1階でうなだれている人々の目を見れば分かる。うつろな目をしながら煙草とは思えない何かを吸い込み、何事かを囁いている。不用意に近づくと本当に殺されてしまいそうな、そんな目をしている。
一方安宿エリアの裏では中国系からアフリカ系まで、様々な人種の売春婦がうろついている。そういった行為を禁止しているゲストハウスも多いが、犯罪に手を貸している宿も存在し、運悪くそこに泊まってしまった時には深夜に「コンコン」とドアをノックされるかもしれない。
しかし一番驚いたのは、このビルの空気に飲まれてしまったのかは分からないが、明らかに観光目的で訪れている女性達が売春行為をしているということだった。
今は無き九龍城から裏の世界を引き継いだと言われる重慶大厦。
知らないうちに犯罪行為に加担してしまう可能性もあり、その場合どんな事件に巻き込まれるか分からない。
しかし危険を覚悟で深夜の重慶大厦を徘徊してみれば、きらびやかな表の世界が影を落とす、井戸のように暗く森のように深い香港に迷い込むことができる。
國友俊介
【プロフィール】
國友俊介 (くにとも・しゅんすけ)
旅×格闘技、アジアを自転車で旅をしながら各地のジムを渡り歩いている。目標は世界遺産を見ることではなくあくまで強い男になること。日本では異性愛者でありながら新宿2丁目での勤務経験を持つ。女心だけでなく男心についても研究済み。
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