少年漫画では少年や青年が主人公となって活躍することが基本である。対象読者と近い世代の方が感情移入しやすいためである。主人公の師匠役として実力ある老人が登場することも多いが、戦闘では後に主人公が倒す強敵と戦って敗北し、主人公の引き立て役になりがちである。
ネテロと王の戦いも、その路線に沿ったものである。王は文字通りキメラ=アントの王で、ラスボス的な存在である。もしネテロが王を倒してキメラ=アントの問題を解決してしまったならば、主人公は脇役で終わってしまう。それでもネテロと王の戦いは圧倒的な迫力で描かれた。
この巻に収録された内容は2010年の『週刊少年ジャンプ』に掲載されていたものだが、当時は他の人気漫画でも老人が主人公を凌ぐ活躍を見せていた。『ONE PIECE』の白ひげことエドワード・ニューゲートと『BLEACH-ブリーチ-』の山本元柳斎総隊長である。
いつの時代でも若者にとって否定し反抗し克服すべき存在であるが、少年の夢を反映した少年漫画で同時期に老人がカッコよく活躍する展開が複数作品に現れることは時代の空気を反映している。カッコよい老人の活躍は、もはや現実の老人世代は否定するほどの魅力もなくなっていることの裏返しになる。
白ひげは若い世代に希望を託し、山本総隊長は主人公の活躍の前座になった。これに対してネテロは捻りが加えられている。激しい攻防が繰り広げられた王との戦いであるが、最終的にはネテロが劣勢になる。追い詰められたネテロの行動は「人間の底すら無い悪意」が発現されたものであった。
それは念能力という架空の能力を使ったバトル漫画では肩透かしとなるものであった。武道を極め、強敵と戦うことに喜びを見出していた戦士らしからぬ行動である。しかし、現実社会に置き換えれば権力者が採るような方策であり、リアリティがある。ネテロは主人公の範となるようなカッコ良い老人であるだけでなく、権力を持つ老人のような醜い悪意も見せた。
人間を捕食するキメラ=アントは人間にとって危険な存在であるが、王や護衛軍のユピーは人間と接することで、人間に対する見方を変えつつあった。その矢先に「人間の底すら無い悪意」に直面した。ますます先の読めなくなった展開に注目である。
(林田力)