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田中角栄「名勝負物語」第六番 竹下 登(1)

 田中角栄と竹下登は人心収らん術にたけた「人間学博士」の双璧であったが、終生ソリが合わず、暗闘の痕跡だけが多く報じられている。しかし、必ずしもそうではない。こんなエピソードが残っているのである。

 田中が昭和49(1974)年12月に首相を退陣、なお自民党内に強力な影響力を発揮して「闇将軍」と言われていた頃、田中の事務所に田中派内で竹下に近いとされた若手議員がやって来て言った。

「オヤジ(田中のこと)さん、早く竹下さんを幹事長にしてくださいよ」

 この若手議員は竹下に幹事長ポストを踏ませることで、田中がロッキード事件を抱え、最大派閥にもかかわらず田中派から総裁候補を出せぬジレンマに業を煮やし、いざというときは田中派として竹下を担ぎ上げる準備をしておくべきだとの思いが強かったようであった。

 田中は自らの政権下では、竹下を筆頭副幹事長と官房長官ポストには就けたが、それ以上の“優遇”はしなかった。政権を降りたあと、大平(正芳)内閣で竹下をようやく大蔵大臣に推し、その後の中曽根(康弘)内閣でも蔵相に就任させたことにより、竹下の蔵相はじつに3期に及んでいた。

 さて、若手議員の「竹下さんを幹事長に」を耳にした田中は、語気強く、顔を真っ赤にしてこう言ったのだった。

「ワシは、おまえらみたいに竹下を安っぽく使う気はないッ。大蔵大臣を何回もやってもらっているのは、将来の自民党を背負って立つ人だからだ。国を束ねるのに、財布の中身を知ってねェでできやせん。幹事長は、それからだ。おまえらは、何も分かっちゃないな。顔を洗って、出直して来い。帰れッ」

 その後、このときの田中の言葉が竹下の耳に入り、竹下は冷めたいとさえ思っていた田中の“本心”を知って、号泣したと言われている。

 結局、田中は昭和60年2月27日、再起不能、言葉を失う病魔に倒れたことで、自ら竹下を幹事長に推すタイミングはなかった。しかし、倒れた翌年、第3次内閣を率いていた中曽根首相が竹下幹事長を実現させ、竹下はその中曽根が退陣したあと首相の座に就いたものだった。

 筆者は、ここで何が言いたいか。田中、竹下の2人、決してベタ惚れの関係ではなかったが、世間で言われたほど、決定的に悪い関係ではなかったということである。

 すなわち、田中は竹下の頭のよさを見せつける政策能力、抜群の気配り術を高く買っていたものの、あまりに自分に酷似する能力の持ち主だけに近づけ難かったということである。俗に言うヤキモチ、「近親憎悪」的な感情があり、それが時として田中の中に顔を出したのかもしれない。

 元田中派担当記者の、こんな声が残っている。
「あれだけオールド・パーをガブ飲みし、結局、倒れることになる田中は、ロッキード事件からの復権を目指し、相当に混乱していた。田中派の中堅、若手の支持を軸に、竹下が総裁候補の中心にいることも分かっていたが、仮にそれを派閥として押し出すには、あくまで自分が差配、主導したタイミングでなければならないとの思いが強かった。だから、竹下の総裁候補に、おおそうか、とはならず、江崎真澄や後藤田正晴などもいるんだと“煙幕”を張っていた部分がある。田中は、人の力量を見抜く眼力は飛び抜けていた。竹下の力量は、周りが言う以上に買っていたと見られる」

★飛行機チャーターのべらぼう

 竹下を買っていたこんなエピソードもある。田中が首相を退陣したあと、竹下の父・勇造が亡くなり、その一周忌に際してである。

 一周忌は、竹下の地元、島根県出雲市で行われたのだが、時に田中の号令一下、なんと飛行機をチャーターして大半の田中派議員が出雲に飛んだのである。黒服の一団が降り立ったことで、出雲空港はナニゴトかと大騒ぎになったという話が残っている。田中派議員たちは、その後“出雲そば”を味わい、チャーター便でまた羽田空港に舞い戻ったというべらぼうな話を残しているのである。

 田中は冠婚葬祭、とりわけ葬祭を大事にしたことで知られているが、ここまで“大がかり”にやった例はなかった。いかに、竹下を気にかけていたかの証左とも言えた。

 竹下の「人間学博士」ぶりは、田中に匹敵するほどのものがあった。ときに、田中があんぐりするほど周囲への気配り術を見せつけ、人心収らんの妙を発揮したのである。

 それを見聞きするたびに、改めて田中の「近親憎悪」感覚がピリピリと騒ぐのだった。
(文中敬称略/この項つづく)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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