後の調査により、探検の初期段階から隊員たちは深刻な鉛中毒を引き起こしており、健康状態を悪化させていた可能性が高いと推測された。しかも、中毒は彼ら自身が持ち込んだ最新の保存食である缶詰か、最新機器であった真水蒸留装置に起因すると推測されているのだ。そして、流氷の海に閉じ込められた隊員たちの健康状態は悪化し、隊長のフランクリン卿も死亡する。やがて、艦を放棄するに至った過程においても、缶詰は暗い影を落としていると考えられているのだ。
氷海での越冬中に24名もの死者を出したフランクリン隊の生き残りは、身動きが取れなくなった艦を放棄し、徒歩でカナダへの脱出を図った。しかし、彼らは過去の探検隊が大量の食料などを置き去りにした海岸ではなく、あえてツンドラの不毛地帯への脱出を選択したのである。しかも、カナダへの脱出を指揮した士官は、食料を置き去りにした探検隊に参加しており、当然のように集積地を熟知していたにもかかわらず、その海岸へ向かわなかったのだ。
これらの不可解な行動については、近年まで「鉛中毒による判断力の低下」が原因だろうと推測されていた。実際、フランクリン隊は脱出に際して多数の書籍や銀食器、歯ブラシに石鹸まで持ちだしており、そればかりか全滅する直前まで持ち歩いていたのだ。そのため、判断力が低下していたとの推測にもかなりの説得力があった。
しかし、フランクリン隊の生き残りは意図的に缶詰を避けたと推測する研究者もおり、缶詰こそがフランクリン隊の謎を解く鍵と観る仮説も存在する。なぜなら、意図的に缶詰を避けたのであれば、艦を放棄したのは缶詰以外の食料を入手するためとなり、また缶詰などの保存食が集積されている海岸を避けたことについても、合理的に説明がつくのだ。さらに、先住民の伝承には隊員が遺棄した艦を探索した際、未開封の缶詰を発見して食べたとも伝えられている。
残念ながら、先住民の伝承に確かな証拠はないものの、いくら判断力が低下しても本や銀食器を持ち出しながら、缶詰を置き忘れたとは考えにくい。では、フランクリン隊の生き残りが缶詰を意図的に避けたとするなら、いかなる理由が考えられるのだろうか?
(続く)