それはわずか数分の出来事で、逃げ遅れた老人や子供が炎に包まれ、着衣や頭髪に引火して火だるまとなる模様がテレビで生中継されたのである。最終的な犠牲者は56名にものぼり、イギリス最悪のスタジアム火災となってしまった。炎上したスタジアムは全体的に老朽化が進んでいたうえ、客席は木造だったために火のまわりが早く、さらに当日はフーリガン対策として客席の消火器が撤去されていたという不運も重なって、このような大惨事となってしまったのである。
肝心の火元と出火原因だが、客席の下から炎が上がったことは多くの証言が一致しており、テレビ中継からも裏付けられた。問題は出火原因だが、当初はフーリガンが発煙筒を投げ込んだためとか、あるいは子供の火遊びなどの噂が飛び交い、その一部はメディアにも取り上げられた。しかし、火災からわずか4日目の5月15日、地元警察はタバコの不始末が原因と発表し、現場の片付けも終わらない段階で捜査を終結させたのである。
地元警察が出火原因の決め手としたのは、娘と観戦していた男性から寄せられた、次のような証言だった。
近くの席でたばこを吸っていた年配の男性が、吸殻をプラスチック製のカップに入れていた。出火する少し前、彼はそのカップを座席の下に落としてしまった。彼の仲間が焦げ臭いと騒ぎ始め、男性は床下に潜りこんでカップを探し始めた。しかし、既に床下からは火の手が上がっており、あっというまに燃え広がった。
当時、スタジアムの木製客席には隙間が多く、客席下にはゴミなどが頻繁に落下していた。この種の木造観客席ではタバコの不始末によるボヤが多く、日本でも客席下に落ちたタバコによる火災で中日スタヂアムが全焼している。そのため、警察も市民もそれ以上に深く追及することなく、捜査結果を受け入れたのであった。
しかし、それでもなお疑問がないわけではなかった。まず、スタンドの下に堆積していたゴミの量がシーズン中よりもはるかに多かったとの噂が流れ、さらにたばこを落とした年配男性とその仲間を知る人はおらず、犠牲者に含まれていなかったにも関わらず「火災の後で姿を見た人はいない」との噂が流れたのである。
(続く)
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