この日、同社長は休養中の尾花高夫監督に代わって、1位入札選手の抽選クジを引くため、雛壇にも上がっている。とくに印象に残ったのは2度目の入札で(松本竜也=英明高)、巨人とかち合ったときだった。自身の抽選結果が『ハズレ』と分かるなり、左隣の巨人・清武英利GMに手を延ばし、ファンに巨人が『当たりクジ』を引いたことを会場のファンに伝えた。退く際も同GMよりも一歩下がって歩き、むしろ笑顔で自軍のテーブルに帰って行った。1位指名後の会見にも応じてくれたが、開口一番、「悔しいです」−−。その言葉に嘘はないだろう。しかし、その語り口はソフトで、ここまで自分の感情をコントロールできる人もなかなかいないと思った…。
この1年間、加地社長はペナントレースを戦う選手よりも厳しい日々を送っていたのではないだろうか。当たり前だが、昨年オフから続く球団買収問題の話を振ると、選手は露骨に嫌な顔をする。親会社・TBSホールディングスが球団売却の方向で関係各所と話を進めてきたのは紛れもない事実だが、その情報の全てがベイスターズに伝えられていたわけではない。加地社長も知らない話がいくつかあったという。
「球団の売却? 知っていたら、教えてほしい。本当はどうなっているんだ!?」
筆者も球団関係者から“逆取材”を受けたことがある。
なのに、同社長は選手たちの前に立ち、球団の今後を説明し、まるで自分に責任があるかのように頭を下げた。元電通マンで、TV制作プロ『C.A.L.』時代にドラマ『水戸黄門』を担当していた経歴は有名である。
球団社長の就任会見でも葵の御紋シールを自身のケータイに貼っていたので、報道陣からは印籠を出すポーズを要請されたが、個人的にはその直後の発言の方が衝撃的だった。
地元横浜高の「筒香嘉智を1位指名すべき」と公言したのもある。
当時、横浜スカウト陣は菊池雄星を指名する方向で調整していた。それを『鶴の一声』で一変させ、取材者の1人として、混乱する現場を目の当たりにしている。「ベイスターズは大丈夫だろうか」と批判的に見ていたが、この2年間の誠実な対応、そしてドラフト会場での紳士的な言動に、こちらの考えが間違っていたことに気づかされた。
「詳しくはいえないが、加地社長は古巣の電通を訪ね、独自の球団再生案を提示し、その協力を求めていました」(広告代理店幹部)
この1年間、球団再生のために奔走していたことは皆が認めている。同広告代理店幹部によれば、加地社長は「喋り出したら止まらない人」だと言う。各方面に出向き、横浜経済、地域産業と野球をリンクさせるアイディアを語り、その協力を求め、頭を下げ続けていたそうだ。
ベイスターズナインが球団売却の危機にあっても動じなかったのは同社長の苦労を知っていたからだろう。
「球団売却の話はTBSホールディングスから一方的に報告がされるだけ。本当にこちらは何も分からないんです」(関係者)
失礼ながら、加地社長は少しお疲れのようにも見受けられた。ベイスターズの再生はもちろんだが、フットワークも軽く、真摯な氏の言動に敬意を表したい。(一部敬称略/スポーツライター・飯山満)