映画やミステリーで、良いものに当たる秘訣(ひけつ)をご存じですか。それは、みんなが良いというものにいさぎよく従うことです。この確率は高く、手間取らず、余計な経費もかからない。同好の士なら、喜々として教えてくれることでしょう。
さて、西口やきとん、である。この店名には食指がまったく動かなかった。物の本にはこうある。
「時分どき、JR浅草橋駅西口の階段を降りきらないうちに、もつを焼く煙が漂ってきて鼻をくすぐり、思わず足がガード下の『西口やきとん』に向いてしまう」(「下町酒場巡礼 もう一杯」ちくま文庫)
「肴はいわずと知れたシロ、カシラ、ガツ、レバー、ハツ、ナンコツといった大ぶりの焼きトンが看板だが、じっくり煮込んだ皿ナンコツ、塩煮込み、独特のガッツにシシトウを挟んだ串焼きの『赤獅子』、シロにシシトウの『白獅子』などという独特のメニューが100円、150円」(「居酒屋礼賛」ちくま文庫)
「(客は)ほとんど五十代、六十代で、みんなコップ酒を手に、思い思いの肴(中略)で和気あいあい飲んでいる。これをみただけでも、ここがどういう店なのか、よくわかる」(「立ち飲み屋」創森社)
「煮込みというと人によっては『ああいう何が入っているかわからない臓物モノはニガ手で』(某ドイツ文学者のI・Oさん)などと言ったりするが、ここの煮込みは煮込みの常識をくつがえすほどの品位がある」(「東京煮込み評判記」光文社)
「『(いままで焼いたもつの本数が)億単位だろうなんて言うお客さんもいますが、そんなことはないですよ。一日に1000本焼くとして、年間200日で20万本。それを40年として、800万本でしょ。まあ、そんなところですよ。とても億なんてねえ』。大将はそう言って笑います」(「もう一杯!!」産業編集センター)
「レモン味のハイボールがまた、いい。そして手ごわい。あらかじめ専用のディスペンサーで作り置きしてある冷たい一杯は、やや濃い目で、しかも氷が入らない。飲み口は爽快極まりないからスイスイと喉を下っていく。いい気分になるまで、まさにあっという間である」(「東京銘酒肴酒場」三栄書房)
かように識者が口をそろえて褒めそやす「西口やきとん」に、遅ればせながらやっと行ってまいりました。つけ加えることとてございませぬ。早く素直に従えばよかった。
隅田川が海に注ぐべく川幅が太い。昔はここまでが江戸だった。
予算1100円
東京都台東区浅草橋4-10-2