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高橋四丁目の居酒屋散歩(3)「やまとや」(立ち飲み)

 JR・田町駅から徒歩220歩

 「立呑処(たちのみどころ)やまとや」は田町駅前西口階段下で、駅ビルの中といってもいいほど。キャッシュ・オン・デリバリー制で、目が合えばお兄さんが間髪を入れず駆けつけ、品物と交換に卓上の竹ざるから、千円札や小銭を持ち去るシステム。
 女の人がふたり、こんな男の巣窟に足を踏み入れておきながら、まだその身を守ろうと壁際に陣取り、背後からの襲撃に備えております。彼女たちは定時になると、自分らの目下(もっか)の話題とは無関係に、刑務所のサーチライトのように場を睨(ね)め回します。これだけ用心深ければマフィア映画「バラキ」(テレンス・ヤング監督)で暗殺されたボスも、床屋の鏡の前で死なずに済んだかもしれません。もっともマシンガンで店ごと蜂の巣にされましたから、どのみち同じですが。
 マフィア発祥の地といわれるイタリアのサルジニア島まで、旅したことがあります。子豚の丸焼きを食べました。小皿を床に叩きつける奇習を真似ました。地元の葡萄酒を飲みました。山腹の岩盤を掘った洞窟がカーヴ(保存庫)で、牛の角をくりぬいた容器がグラス。なにかの折には、絶好の隠れ家になります。飲める隠れ家です。もひとつ感心したのが陶器をコルク張りしたビールのジョッキ。濡らすと気化熱で保冷に入る優れものです。形の美しい、馬の尻皮を巻いた鞄と、豚皮の雑嚢を購入しました。旅は、旧大映の一時代を牽引した怜悧(れいり)な理論家、故増村保造監督の晩年の作品「エデンの園」(1980年)のロケ取材でした。

 「つまらない職業をえらんでは取り返しがつかない。要するに就職しないのが賢明と考えて、法学部を出ると、文学部に入り直した。(中略)職業を避けるためにはまた、学校へ行くに限る。なにかよい学校はないかと、うろうろしていたとき、たまたまイタリア映画留学生の募集が目についた。二年間ローマの国立映画実験センターで勉強できるというのである。これなるかな。早速試験を受けて、うまく選に入った」(キネマ旬報67年7月上旬号)。
 選に入るはずだ。彼は旧制甲府中学を5年間首席で通し、一高・東京帝大と進み、同級の三島由紀夫のようなエリート官僚にはなりたくなくて、大映でアルバイトをして時間稼ぎをしていただけなのだから。
 微薫を帯びた監督に訊(き)かれたことがあります。「きみはマルクスの『資本論』は何語で読みましたか? まだだったら英語になさい、英訳がいちばん本意に近いから…」。ちなみに監督には「他の職業につくことを断念」させてくれたローマの映画実験センターに、感謝の気持ちをこめて英語で書き残してきた、卒業記念論文「日本映画論」もある。
 竹ざるの底の資本をかき集めながら、スミマセン監督、「ナニワ金融道 ゼニのカラクリがわかるマルクス経済学」(青木雄二著・絵)と、「超訳『資本論』」(的場昭弘著)を、あれから日本語で読みましたがと、夜空に叫んだ。

予算1500円
東京都港区芝5-34-7 田町センタービル1F

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