そこで、高校でも投手を続けたいと話す中学3年生たちは“衝撃的な言葉”も発していた。
「帝京高校には行きたくありません」
理由は、伊藤投手にあった。「伊藤投手が帝京高校を第一希望校に挙げている」との情報が各硬式クラブチームに広がっていた。「彼と同じ高校に進めば、エースになれない」「試合に出られない」というのが、同校を避ける理由だった。
“伊藤回避”を口にしたクラブチームの投手は、1人や2人ではなかった。同じジャイアンツカップに出場した投手たちにすれば、直接対決しなくても、スタンドで観ている。彼の素質は認めざるを得なかったのだろう。
個人的には、ストレートで相手打者をねじ伏せる投手が好きである。ジャイアンツカップでの伊藤は、そういうピッチングだった。もっとも、スピードガンと喧嘩するだけでは、高校球界で通用しない。それなりの好成績を残せたとしても、さらに上のレベルに行けばどうなるのか分からない。
そんな伊藤投手が速球の使い方を変えてきた。力でねじ伏せるのではなく、キレ、制球力などの『精度』を高めるようになった。残念ながら、直接取材する機会には恵まれなかったので、スタンドで東東京大会を観戦した個人的な感想である。
伊藤投手にもスピードガンの数値を気にし、必要以上に三振数にこだわっていた時期もあったという。だが、他の取材記者によれば、「今の伊藤クンは勝つことを最優先に考えている」と言う。それが投球フォームの改造にも繋がったのだろう。ジャイアンツカップ時代は右膝を大きく折り曲げ、全身の力をボールに込めるような投げ方だったが、今夏の東東京大会、甲子園では、ゆっくりと投球モーションから右腕をしならせるようにして投げていた。
米国では力でねじ伏せるだけのタイプや、スピードガンの数値ばかりを気にする投手を「ピッチャー」とは呼ばない。「スローワー」と揶揄される。変化球、緩急、打ち損じを誘う技術を修得して、初めて「真の投手」として認められるそうだ。
伊藤投手は花巻東との初戦を4回途中で降板している(8月7日)。その後は一塁の守備に入り、3番打者としての役目を全うしていたが、後続にマウンドに譲った後もモチベーションを維持するのは簡単なことではない。守備中でも二番手・石倉投手に檄を飛ばしていた。
彼が「ピッチャー」としてだけではなく、野球選手としても、大きく成長したのは間違いなさそうである。(スポーツライター・美山和也)