ある時、Hさんは友人と二人で、愛知県で一番標高の高いC山へ、星空を見に出掛けた。その帰路に着く頃には午前0時を過ぎており、すれ違う車両にも出合わず、辺りは真っ暗な国道153号線をT市方面に向けて車を走らせていた。I峠にあるトンネルまで来た時には、午前1時を回っていた。
Iトンネルは、T市のA地区とI地区の境界にあり、1960年に開通した全長1245mの長さがある。対面通行のトンネル内は対向車も無く、とても静かで、昼間とは全く違う雰囲気であった。
トンネルの半分まで来た時、Hさんは車内に何やら冷気が漂ってきたように感じた。すると、今まで会話が弾んでいた友人が急に黙り込んでしまった。彼が「どうかした?」と尋ねると、「いいから、早くトンネル出て!」と答えを返すだけだった。
Hさんは気分が悪そうな友人を気遣いながら、急いでトンネルを通過し、しばらく車を走らせていると、「握ってみて!」と、友人はおもむろに手を差し出した。
「…冷たい!」
友人の腕は、まるで氷のように冷たくなっていた。「寒い?」と尋ねると、「ついて来ている」と一言つぶやいた。「何が?」と聞くと「女の人…」と…。Hさんは背筋に寒気を感じたが、そのまま無言で車を走らせることにした。
市街地まで来ると、「もう大丈夫、手を触ってみて」と、友人が再び手を差し出した。その手はすでに暖かさを取り戻していた。
友人の話によれば、Iトンネルの中で、壁に白い女の影が見え、トンネルを抜けてから後ろを振り返ると、後部座席の女が座っていて、友人を睨み付けるように凝視していた。市街地に着いた時には、その女の姿は消えていたという。
あとから考えると、旧国道153号にある旧Iトンネルは、国の有形文化財に登録されている貴重なトンネルであるが、新Iトンネルが開通してから殆ど通る者もいなくなり、愛知県でも有名な心霊スポットにもなっていたそうだ。
しかし、Hさんが不思議な体験をしたのは、新Iトンネルであった。新Iトンネルは愛知県名古屋市と長野県飯田市を結ぶ幹線道路でもある。そのため、Hさんも安心して利用していたのであった。また、友人は、観光に訪れていた他県の人であって、旧Iトンネルが心霊スポットであることを知らなかったので、恐怖心から脳内でイメージした女性幽霊を実際に見たと思い込んでしまった訳でもなかった。彼は友人にもっと詳しいことを訊こうと思っていたのだが、その日以来、友人とは音信不通になってしまった。
(皆月斜/山口敏太郎事務所)