そのホテルの最上階に連泊したのだが、ひとつ困る事があった。毎朝9時にドアノブをガチャガチャと乱雑に廻され、安眠出来ないのだ。
「誰なんだよ、いったい朝から」
外のドアノブには「起こさないで下さい」という札がかかっているにも関わらずで、この対応である。
「どうせ、掃除のおばちゃんとかが、朝チェックアウトする部屋と、俺の部屋とを勘違いしてるんだろう。ようし、今度来たら言ってやる」
何日目かの夜、そう決心した彼はドアノブを廻す不埒者の訪問を待った。
長い時間が流れた。
ようやく明け方となり、眠りに落ちたAさんの身に奇妙な現象が起きた。
「ガチャ、ガチャ。ガチャ、ガチャ」
ドアノブが乱雑に廻る音が聞こえた。
その刹那、全身が金縛りになった。
(なっ、なんだぁ、身体が動かない)
だが、不思議な事に、頭の上にある時計の数字が見えた。金縛りになっている状態では決して見ることができないはずなのに……。
時間は、まだ6時過ぎだった。
(おかしいぞ、いつもより早い)
その次の瞬間、何者かが部屋に侵入した気配があった。その侵入者は、すべるように移動した。次の瞬間、自分の左横に「そいつ」がいるのが分かった。
(なんだよ、誰なんだよ)
恐る恐る目玉だけを動かして見てみると……。
中年の男が目玉をギョロギョロさせて、ホテルの床に座り、ベッドの上で頬杖をついていた。
監修:山口敏太郎事務所