マルチはスズキの連結経常利益の3割を稼ぎ出す海外最大の収益源。暴動の舞台となったマネサール工場は、小型車『スイフト』などを生産する主力工場で、マルチの生産能力の4割を占める。会社側は「暴動の調査が完了するまでは生産を再開しない」と表明しており、さらに現地からの報道によると、「暴動を引き起こす役割を担った労働組合幹部数人に逮捕状が出ているが、事件の真相解明には相当の時間を要しそう」とのことで、再開の見通しはまったく立っていないのが実情だという。
暴動は7月18日の夜に勃発した。100人以上の従業員が工場の建物に侵入し、事務所に火を放ったことからインド人の人事部長が死亡、日本人2人を含む約100人が負傷した。
舞台が遠く離れたインドであることからテレビの続報はなく、新聞はベタ記事でフォローしたとはいえ、それも最初の2、3日にとどまった。地元警察にしても「管理職の一人が、カーストを理由に従業員を侮辱したことが暴動のきっかけだった」との声明を発表した後、捜査中を理由に対外的なコメントを控えている。
とはいえ、従業員3000人超を抱えるマネサール工場は、実は以前から労使紛争が続いていた。とりわけ昨年の6月から10月にかけては断続的に大規模ストが発生し、一時的に工場閉鎖に追い込まれたことから、当初計画に比べて8万5000台の減産を強いられるという“予兆”があったのだ。
根深い労使紛争の背景に関係者は「正社員と契約社員の大きな給与格差」を指摘する。同社の従業員構成は正社員、準正社員(3年間の実習生)、契約社員からなり、従業員の半数を短期の契約社員が占める。その給料はマネサール工場があるハリヤナ州の最低賃金を「多少は上回るレベル。基本的に地元民で技能労働者だけでなく、清掃など生産ラインに携わらない労働者もいる」(関係者)という。これに対して3年間の実習を経て正社員になった場合の初任給は「州最低賃金の5倍超」(同)。まさに天と地ほどの開きがあり、これまでの労働争議で中心的役割を果たしたのは、給料格差を被っている契約労働者だった。
「今回の暴動でメディアは沈黙を決め込んでいますが、去年の紛争解決に当たってマルチは、組合のリーダーに割り増しの退職金を払っている。いわば厄介払いの手切れ金です。当然、こんな手法は組合員に知れ渡る。中でも急進的な左派勢力と関係が深い面々は『基本給5倍』という破格の条件を突きつけて会社側を揺さぶってきた。しかし、これを丸呑みしたら会社の経営が成り立たない。今回の暴動は、煮え切らない会社の対応に痺れを切らせた彼らが、給料格差に不満を募らせる仲間の契約労働者をあおった結果とされています」(情報筋)