「核廃棄は『リビア方式』より一歩前進した『南アフリカ方式』でやる」
5月4日、ホワイトハウス国家安保会議のポッティンジャー・アジア上級部長は、韓国の文正仁統一外交安保特別補佐官らにこう伝えたという。同部長は北朝鮮から“死に神”と恐れられるボルトン米大統領補佐官の直属の部下であることから、「南ア方式」はトランプ政権の意思と見ていい。
「実は南アは6個のウラン濃縮型核兵器を保有していましたが、米国の要求を飲み、核全廃を断行した唯一の国です。しかもディール(取引)なし。5月9日に北朝鮮を再訪問したポンペオ米国務長官は、核・ミサイルだけでなく、北朝鮮が行った6回にわたる核実験や、寧辺核関連施設に関するデータの廃棄、さらに核開発に携わった最大で数千人ともされる技術者を海外に移住させるよう求めています。もう使えない豊渓里の核実験場を廃棄したところで、データや人員を温存すればいつでも再開できますからね。さらに北側が公式には保有を否定している生物化学兵器などすべての大量破壊兵器の廃棄も求めているし、長距離弾道ミサイルと同等の能力を持つ人工衛星を搭載した宇宙ロケットの発射も認めないと主張するなど、完全な武装解除の要求を伝えたものと思われます。しかも国内の人権問題や拉致問題の解決まで、最大限の圧力を続ける姿勢を崩していません。これに対して北側は、データの廃棄には曖昧な態度を取る一方、技術者の移住には難色を示しているようです」(北朝鮮ウオッチャー)
南ア方式は「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)を実施した後、制裁解除、経済支援を実施するというリビア方式とは異なり、CVID後のディールはなく、すべて自主的に廃棄を行わなければならない。この要求に対して正恩委員長は二度にわたり、中国の習近平国家主席と会談し、非核化について「段階的、同時進行」で実施し「行動対行動」の原則を確認し合った。この相違が米朝間に横たわる溝だ。
「北朝鮮が核保有に固執した場合、トランプ政権が軍事力行使に踏み切る可能性も残されています。現に米軍は最近、『ブラッディ・ノーズ(鼻血)』と呼ばれる対北軍事作戦に代わる新たな作戦を立案したとの情報もあります。沖縄では、今年に入って米軍航空機の騒音被害がほとんどない地域でも早朝から爆音が鳴り響いていますし、深夜までオスプレイの騒音が聞こえています。米軍は戦争に備えて訓練を反復しているのです」(軍事ジャーナリスト)
北朝鮮の核廃棄が厄介なのはリビアや南アとは違い、実戦配備がスタンバイ状態にあることだ。トランプ大統領が北に自発的な非核化を要求すれば、北側から抵抗が出るのは当然だろう。
「仮に非核化に応じたとしても、北には約束を破ってきた前科があります。韓国1回、米国2回、6カ国協議も2回の計5回も非核化の約束を破っています。それにもかかわらず韓国人の64%が『金正恩は信頼できる』(韓国の調査会社リアルメーター)と信じ切っている。一方、少数派は《一度騙されたらミス、二度騙されたらバカだが、三度騙されたら共犯である》と、文在寅大統領の“浮かれすぎ”にあきれ返っています。そもそも正恩委員長の発言をつぶさに検証すると、武装解除どころか非核化の意思などサラサラありません。現に4月20日に朝鮮労働党は、核武装を宣言した上、米国にそれを認めろと要求しているくらいですから」(国際ジャーナリスト)
トランプ政権がイラン核合意からの脱退を発表したことからも、北朝鮮に譲歩することは考えにくい。ところが、ここへきて“金正恩いい人論”が台頭し、トランプ政権の強硬路線の推進に障害となりつつある。
「正恩委員長の頼みの綱は国際世論です。『平和を求める南北朝鮮』VS『平和を望む南北に強硬策で臨む米国』とのイメージが出来上がれば、米国が軍事攻撃を選択できないと考えているのです。今年11月に行われる米中間選挙まで時間稼ぎをしながら国際世論を盛り上げる。そうすれば、息子の方のブッシュ政権が当初、北に厳しい態度を取りながら、'06年11月の中間選挙で与党の共和党が惨敗すると、“実績作り”のために北朝鮮のテロ国家指定を解除してまで交渉のテーブルに着かせようとしたようなことが起こると計算しているフシさえある。12年前の成功体験を狙っているわけです」(同)
米朝会談が決裂すれば、韓国人の多くは「正恩は悪くない。問題児はトランプだ」と言い出すだろう。トランプ嫌いの多い欧州でも「米国が悪い」との声が起きるに違いない。
こうした国際世論を背景に、北朝鮮の本音は露骨になりつつある。同国外務省は5月12日、豊渓里の核実験場を廃棄する式典を5月23〜25日の間に行うと発表したが、日本のみ取材を拒否、さらには「拉致は解決済み」とまで言い出した。
中国を“弾よけ”にしながら悪あがきを図る北朝鮮は、油断も隙もあったものではないのだ。