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第70回サン・セバスティアン国際映画祭で最優秀監督賞に輝いた同作は、川村監督の長編監督デビュー作。記憶を失った母・百合子(原田)と向き合う息子・泉(菅田)の母子の愛を描く。
劇中、泉が母の私物を整理する中、母の手帳を見て嘔吐するシーンがある。ワンシーンワンカットの手法で撮影する中、川村監督は同シーンで菅田の役者としての能力に改めて強い力を感じたと言い、客席からの質問に答える形で同シーンを回顧。
川村監督は「母親の日記を見て嘔吐するシーンは、ワンカット6分くらいだったんですけど、菅田将暉くんが離れ業をやっているんです。部屋に入って来て、メモをまず落とすんですけど、そのランダムに散らばったメモを拾う順番が全部決まっていた。それを拾いながら今度は涙が溢れる。涙が溢れるんですけど、日記を見つけて吐くという順番です。最初は吐く吐瀉物を口の中に入れた状態で芝居をやってもらったんですけど、人間は実は体の機能的に、口の中に水を入れた状態で涙を流すというのができないということが発覚したんです」と予定した手順が一度中断したことを振り返る。
「20テイクくらいやったけどできない。じゃあ一回水なしでやろうと。やったら菅田将暉くんがポロポロ泣くわけです。さすが俳優だなって思ったけど、何か面白くない。もう一回口に入れてやってみようかって」と撮影をやり直したというが、菅田がその時点で4、5時間そのシーンの撮影をやり続けていたことも紹介。「何度かその後やって、最後は口に水を入れたまま、段取り通り、メモを拾って泣いて吐くというのができた」が、同シーンの撮影後、菅田は30分くらい動けなくなってしまったと言い、川村監督は平瀬氏と共に「現場に座り込んでしまってぼーっとしていた。一番印象深いシーンになりました」と顔を見合わせて話した。
川村監督は「泣くっていうことと吐くっていう矛盾したことが同時に起きるというのをやりたかったんです。フィジカル的には無理なことだとわかったのに、そんな無理なことができてしまうということが起きる。それに応えてくれた菅田将暉には本当に感謝している」と菅田に感謝の気持ちを述べる。難役ではあったが、それを菅田にオファーした決め手についても、「今回自分で小説を書いて、脚本も平瀬くんと一緒に書いた。イメージがあまりにもガチガチだったし、明確なロジックがあった作品でもあったので、俳優にはそのイメージを壊してくれることを期待した」とコメント。
「ロジックとエモーションが戦っているのがこの作品の面白さ。そういう意味では菅田くんは、色々仕事していく中で予想できないものがある俳優。その予想できないところが自分にとって欲しかったところだった」と説明していた。
(取材・文:名鹿祥史)