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5月15日に本土復帰50周年を迎える沖縄県を、“世界に誇る幸せな島へ”をテーマに紹介し、その魅力を発信するために立ち上がった『HAPPY OKINAWA PROJECT』が主催する本イベント。MCをゆっきー(キャンXキャン)が務め、沖縄出身の松田るか、西銘駿も会場に駆けつけた。
具志堅は沖縄返還時を振り返り、「返還の時は17歳。ボクシングの練習をしていました。インターハイに行くつもりでパスポートを用意していたのを覚えています。パスポートも写真が必要で、ファイティングポーズの写真を切って貼って持っていたんです。東京まで船で2泊3日かかった時代。上野から山形までさらに夜行列車でした。だから当時は3日かかった。沖縄はドルが使われていた時代で、円に両替して行ったことも懐かしいです」と思い出を語る。
そんな具志堅に、島袋は「共演したら(周囲から)どういう人って聞かれるくらいの大スター」と緊張気味。MAXのNANAも「両親が具志堅さん世代。生まれた時から沖縄県のスターで、チャンピオンということももちろん知っています。一番最初にお会いした時は緊張しました。でも、テレビで共演すると親戚のおじさんという印象で親しみが持てます」と具志堅の印象を語る。
西銘も「お父さんが大ファン」と具志堅との共演が嬉しそう。「小さい頃から防衛戦の話とか聞いていたので、嬉しいです。自慢します。お母さんの名字が西銘で親戚かもしれないなって思いました」と具志堅を前に笑顔を見せる。「具志堅さんが沖縄のイメージを作ってくれた」とも話すなど、具志堅には尊敬の念を抱いているとのこと。
沖縄返還については、若いメンバーは返還時を知らず、具志堅の話に興味津々。NANAは「沖縄に住んでいる時はすでに復帰後でした。東京に来てから、あれは沖縄の文化だったんだって思うことも多いです。お菓子とか。独特の場所で育ったんだって東京に来て気付きました」とコメント。松田も「私が小さい頃はスーパーでドルが使えていた記憶があります」と幼少時を振り返っていた。
(取材・文:名鹿祥史)