和は1992年に「橘いずみ」の芸名で歌手デビュー。93年に発売された「失格」で一躍人気を高め、その後も「バニラ」、「サルの歌」などのヒットを飛ばしていた。
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2006年6月に自身のホームページ上にて、05年12月11日、自身の誕生日に榊と入籍していたことを発表。その後、2人の子どもに恵まれ、結婚後、榊の監督作品の音楽を担当するなどしていた。
和は、《わたくしは、ただいま夫である榊英雄と離婚に向けて、別居、協議を進めております》と公表。《わたしだけではなく、娘たちの気持ちを尊重してあげたいという思いが強くありましたので、今後のことを話し合って決めていくのに時間がかかりました》と説明した。
榊に対しては、《わたしの思いとしては、一貫して、家族がありながらの夫の行為に対して許せないものがありました。一度も榊を許したことはありません。それを『妻から許してもらっている』とコメントするようなことに象徴される、耐え難い行き違いがありました。わたしも被害者なのです》と不信感をあらわにしたのだ。
「榊はすでに監督作品2作が公開中止となり、莫大な損害賠償を請求されることになりそう。さらには、妻と離婚する際には慰謝料と養育費を支払うことになりそう。自分の優位な立場を利用して悪行を繰り返していたが、ここにきて高すぎる代償を支払うことになってしまった」(芸能記者)
榊に対する被害者の告発はストップ。その後、木下ほうか、園子温監督らの被害者が告発しているが、榊の問題が発覚したのがきっかけで映画界が浄化に向かいそうだ。