1983年1月頃、射撃部に在籍する高校2年生1人と1年生6人は「射撃訓練をしよう」と同じ部の1人に盾代わりの硬化スポンジマットを持たせて、それを的に射撃訓練をすることを持ち掛けた。
いわば動く的を撃つ練習なのだが、この射撃部に常備してある銃は競技用のエアラフルで、競技用とは言っても10メートル先の標的を狙えるほどの威力を持ち、人を狙うのは当然禁止されている。
この高校は射撃部が伝統的に強い高校で、本来銃は18歳以上でないと撃つことはできないが、この高校の射撃部は警察の許可を得ていた。
だが、「銃を撃ってみたい」という動機で入部してきた1年生は「ようやく人間を撃てる」と喜び、さっそく1人にスポンジマットを持たせ、エアライフルを放った。
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盾代わりのスポンジマットは3センチほどの厚みがあるため、エアライフルの弾は通さない一方、とても重たく7人が一斉に撃てば防御する方も間に合わず、盾役の高校生は腰にエアライフルの弾丸が命中してしまった。
弾丸が当たった生徒は激痛によりその場に倒れこんだ。他の生徒も「これはヤバい」と撃ってしまった高校生を病院へ運んだところ、大きな怪我はなかったものの1週間の怪我を負ってしまった。
本事件は当時、監督すべき顧問が近くにいなかったこと、武器であるエアライフルを人に向けたことなどで大きく新聞にも報じられ、発砲した7人は暴行および傷害と銃刀法違反で逮捕されることになった。
逮捕された事について7人の高校生は「悪ふざけのつもりだった」と証言しており、本件もまた暴力に対して著しくモラルが低下していた学生達を象徴する事件として報じられた。