ヤクルトはイノーア、阪神は秋山が先発だった同戦だが、阪神がボーアの満塁ホームランなどで2回までに7点を取り早々にイノーアをKO。その後もサンズの満塁弾、木浪聖也の3ランなどで得点を重ね、終わってみればスコアは「20-5」。阪神が2018年9月16日・対DeNA戦以来、約2年ぶりの20得点でヤクルトを粉砕するというまさかの結果となった。
>>阪神、藤川不在でも復調は濃厚? 各球団のクローザーに明暗、原因は登板過多だけではない?<<
試合前まで得点数がリーグ5位の118点だった阪神打線の猛攻に、ネット上には驚きの反応が多数寄せられた。その中で、「過去の記録調べたらダイエーが29点も取っててびっくり」、「今日打ちまくった阪神でもダイエーの記録には9点も足りないのか」と比較するコメントも見られた。
コメントに挙がっている「ダイエー」は、ソフトバンクの前身である福岡ダイエーホークス(1989-2004)。ロッテ・井口資仁監督や侍ジャパン・小久保裕紀元監督などが現役時代に所属していた球団だが、2003年シーズンに2リーグ制(1950年から)では最多となる1試合29得点を記録している。
2003年8月1日、ヤフーBBスタジアム(現ほっともっとフィールド神戸)で行われたダイエー対オリックスの一戦。ダイエーは初回、村松有人が二塁打を放ったのを皮切りに一挙5得点を挙げ、オリックス先発・マック鈴木をアウト1つ取らせずにKO。その後2番手の嘉勢敏弘からも2点を取り、初回から7得点と大きくリードを奪った。
だが、ダイエーの攻撃はこれだけにとどまらず、2、3回にそれぞれ8点ずつを追加し3回終了時点でスコアは「23-0」に。試合序盤で、今回取り上げた阪神を上回る23点に達した。
ダイエーはその後4、5回と2イニング連続で無得点だったが、6、7回にはそれぞれ1点ずつ追加し、9回にもとどめと言わんばかりに4得点。その裏にオリックスは1点を返すも時すでに遅く、試合は「29-1」でダイエーの完勝に終わった。
この試合でダイエーが記録した29得点は、それまで2リーグ制以降の最多記録だった大洋の28得点(1950年10月17日・中日戦)を上回る歴代1位、1リーグ時代を含めても2位の記録。同戦ではこれ以外にも3イニング連続7得点以上(史上初)、1試合60塁打(プロ野球新)、得点差28(パ・リーグ新)といった記録が達成された。ただ、当時の報道によるとダイエー・王貞治監督はオリックス側の心中を察したのか、「夏の暑い時期に打線に元気が出てきたね」とあまり多くは語らなかったという。
ダイエーが歴史的な猛攻を見せた同戦だが、これは同年に「82勝55敗3分・勝率.599」でリーグ優勝・日本一を果たしたダイエーと、「48勝88敗4分・勝率.353」でリーグ最下位に沈んだオリックスのチーム状況が絡んだ結果だとされている。まずダイエーだが、チームはこの年主砲・小久保がオープン戦で膝に大怪我を負いシーズン絶望。ただ、小久保の不在に井口、松中信彦、城島健司といった野手陣が奮起した結果、チーム打率(.297)、安打数(1461本)でプロ野球記録を樹立するほどの強力打線が形成されていた。
一方、オリックスはチーム防御率(5.95)、失点数(927点)、被安打数(1534本)でプロ野球ワースト記録を樹立するなど投手陣が崩壊。特に対ダイエー戦の防御率は「7.92」とかなり打ち込まれており、対戦成績も「11勝17敗」と大きく負け越し。なお、同年のオリックスは同戦を含め、ダイエーに4度20得点以上を許してもいる。
両チームのチーム状況や相性が絡んだ結果、29得点という記録を残すことになったダイエー。これ以降で最も記録に迫ったのはロッテの26得点(2005年3月27日・楽天戦)だが、今後この記録を打ち破るチームは果たして現れるのだろうか。
文 / 柴田雅人