昨年、クライマックスシリーズ終了後、楽天退団を決意し、今季よりヤクルトへ移籍。あくまでも現役続行の意思を貫いた結果だった。捕手として、スタメンマスクに拘り、プロ野球選手としてグラウンドに立ち続ける為でもあった。楽天球団からは大幅減棒を提示されるとともに、将来的な指導者としてのオファーもあった。それでも、「体が元気ならまだまだやれる」という自信を露わにするとともに、「控えで満足するわけにいかない」とも語っており、揺らぐことのないプライドを覗かせていた。
だが、先月21日の阪神との練習試合において死球を受け、右手親指を骨折、長期離脱が予想されている。
新型コロナウイルス感染拡大を受け開幕が延期となっており、今のところ公式戦への影響はなくなったものの、自身のリハビリを経ての回復はまだ先になるだろう。また、負傷前まで行われていたオープン戦では6試合に出場しながらも、安打は0、リーグが変わったことからの打撃面の不安も抱えたままで、スタメンを掴むにクリアしなければならない課題も残されている。
ただ、今シーズンの嶋にどうしても目を向けたくなる理由がある。
楽天では昨年まで13年間在籍し、その間、長年にわたり正捕手としてマスクを被った。2013年には田中将大らと共に、楽天の創設以来初のリーグ優勝、そして日本一に大きく貢献している。特に新人だった2007年から3年間に渡り、2月11日にこの世を去った故・野村克也元監督の指導を受けたことは、野球人として貴重な出会いとなった。球界屈指の名将より、野球というスポーツのイロハ学んだことは大きな経験であり、アスリートとしてだけでなく、人間としての成長を促したことは間違いないだろう。同じく野村元監督の陶酔を受けた高津臣吾新監督の下、スワローズの一員として、新天地でどのような存在感を示すことができるかも注目されている。
怪我を克服し、スタジアムに球音と歓声が戻った頃、プレーヤーとして戦うことを選んだ嶋基宏の躍動する姿、そして確かな生き様がきっと、みられるはずだ。世界中、日本国内が停滞している現在、まだ先行きが見通せない中でも、かつて嶋が発した言葉が蘇ってくる。
「見せましょう。野球の底力を」
立ち上がろうとする人たちの心を震わせたあの言葉を、もう一度聞くことが出来る日を、待っている。
(佐藤文孝)