その中で、バドミントン男子シングルスの桃田賢斗と並び、“金メダルに最も近い男”と称される選手がいる。今回の五輪で新種目として実施される「空手形」男子の選手で、既に1月末に五輪代表に内定している喜友名諒だ。空手形は、相手がいると想定して1人で演武を行い技術点、競技点を競う。
1990年に沖縄で生まれ、5歳の時に空手を始めた29歳の喜友名は、世界選手権で3連覇(1984,1986,1988)、そして“第二の五輪”とも呼ばれる『ワールドゲームズ』の空手部門形競技で7連覇(ギネス記録)を成し遂げた実績を持つ劉衛流(りゅうえいりゅう)の空手家・佐久本嗣男氏に中学3年生の時に入門。「365日、稽古を休まず毎日練習」という教えの下、世界を目指して日々稽古に励んだ。
興南高校時代は2008年大分国体で5位に入るものの、全国優勝の経験はなかった喜友名。しかし、2009年に沖縄国際大学に進学すると徐々に頭角を現し、3年生の2011年には全日本学生選手権で優勝。翌2012年には同年からスタートした『KARATE1プレミアリーグ』で個人・団体ともに優勝するなど国際大会でも結果を残すかたわら、全日本選手権では沖縄県の男子として初優勝を成し遂げた。
喜友名の快進撃は大学卒業後も続いており、全日本選手権は2012年から2019年まで8連覇を達成。また、世界選手権でも2014年に初制覇を果たすとその後2016年、2018年大会でも優勝し、師匠である佐久本氏と同じ3連覇を成し遂げている。
さらに、2019年度は前述の『KARATE1プレミアリーグ』で6大会に出場し、全て優勝するなど向かうところ敵なしの状態。2019年に世界選手権を含めて11個ものタイトルを獲得した桃田と並び評されるのも、ある意味では当然と言えるのかもしれない。
空手は四大流派と呼ばれる「松涛館流(しょうとうかんりゅう)」、「剛柔流(ごうじゅうりゅう)」、「糸東流(しとうりゅう)」、「和道流(わどうりゅう)」を筆頭に、正確には数えられないほどの流派があるといわれている。その中で喜友名が属する劉衛流は、沖縄出身の開祖・仲井真憲里が中国で修行して持ち帰った中国拳法にルーツがあると伝えられる流派で、もともと一子相伝で継承されてきたものを喜友名の師匠である佐久本氏が4代目として継承し一般に門戸を開いたものとされている。
劉栄流には複数の形があり、個々人が自分で選んだ形を習得する。喜友名が持つ一番の形は劉栄流最高峰の形であり、流派の第一人者である佐久本氏から直々に指導を受けている「アーナンダイ」。喜友名はこの技に並々ならぬ想いとプライドを持っており、『KARATE1プレミアリーグ』での優勝を報じた2017年1月31日の『日刊スポーツ』(日刊スポーツ新聞社/電子版)で「直接、(佐久本氏から)指導を受けているので、一味違うものを見せたかった」と述べている。
「アーナンダイ」をはじめとした劉衛流の形には、“指先を真っすぐ伸ばして相手を突く”、“攻防一体の技を間髪入れずに繰り出す”といった中国拳法と共通した特徴があるとされる。演武に力強さとスピードを両立させているこの特徴が、喜友名のずば抜けた強さの要因であるとみられている。
喜友名の強さのもう1つが、海外で“歌舞伎”と称されるほど迫力のある表情にもある。2019年5月に出演した『報道ステーション』(テレビ朝日系)で、自身が大切にしている言葉として「一眼 二足 三胆 四力」という言葉を挙げ、眼が一番大事だと語った。同番組内では、演武中の「眼」を極めようと、ライオンや虎といった猛獣の眼の動きを観察・研究していることも明かしていた。
過去の歴史において、五輪では金メダリストはおろか銀・銅メダリストすら1人も輩出されていない沖縄県。2019年12月14日の『AERAdot.』(朝日新聞社)で喜友名は、「僕たちは普段の生活、練習から沖縄の風土を感じている。全てが本物だ。自分たちが空手というスポーツの本家だという強い気持ちがある。それを五輪という最高の舞台で示したい」と、空手発祥の地である沖縄出身者としての強烈な意志を述べている。喜友名は同県の悲願を成就できるのか、期待が集まっている。
文 / 柴田雅人