先月31日、世界陸連はその厚底シューズについて新規定を発表。“靴底の厚さが40ミリ以下”、“反発性を高めるプレートは1枚まで”、“4か月以上前に市販されていること(医学的理由があればカスタマイズは可能)”といった条件を、4月30日以降から適用すると発表した。
渦中のヴェイパーフライについても現行のモデルは規定範囲内ということで、既に使用している選手たちが五輪を前にシューズ変更を余儀なくされる事態は回避されたと見る向きもある陸連の判断。しかし、約2か月後から適用されるこの規定により、選手以上に影響を被りそうな人物もいる。その1人が日本のシューズ職人である三村仁司氏だ。
三村氏は1966年にオニツカ(現アシックス)に入社し、1974年から特注シューズの製造を開始。高橋尚子(2000年シドニー)、野口みずき(2004年アテネ)ら五輪金メダルランナーを筆頭に多くのトップランナーのシューズ製作に関わり、先月26日の大阪国際女子マラソンで東京五輪代表選考の設定記録(2時間22分22秒)を上回る「2時間21分47秒」で優勝し東京五輪に大きく近づいた松田瑞生のシューズも手掛けている。
また、陸上界以外にもイチロー(野球)、香川真司(サッカー)、長谷川穂積(ボクシング)など、他競技のトップアスリートのシューズ製作も担当。さらに、2004年には厚生労働省より、工業技術や伝統工芸など各分野で優れた技術や業績を持つ技能者が対象となる「現代の名工」の表彰を受けるなど、名実ともに日本のシューズ界を代表する職人だ。
しかし、各メディアの報道では、三村氏は今後厳しい逆風にさらされることが予想されている。前述した通り、世界陸連の新規定はシューズが4か月以上前に市販されていることも条件の1つ。ただ、三村氏のシューズは個々人に合わせた“1点もの”で市販品ではないため、着用選手に医学的理由がない限り規則をクリアするのは難しいのではとみられている。
かつて“公務員ランナー”として名をはせ、現在はプロランナーとして活動する川内優輝も、1日に行われた『香川・丸亀国際ハーフマラソン』の記者会見内で「三村さんのシューズが一番影響を受けるのでは」と指摘している今回の新規定。長年日本の足元を支えてきた三村氏にとっては急に降ってわいた“難題”であることは間違いないだろう。
また、これは三村氏の問題だけではなく、三村氏のシューズを着用している松田の問題でもある。松田は来月8日に予定される名古屋ウィメンズマラソンで前述の記録を破られなければ東京五輪代表入りが決まるが、本番で三村氏のシューズが使えないとなれば苦戦は必至。松田は外反母趾を抱えているためこれが医学的理由に当たる可能性はあるが、現時点ではまだ陸連側から見解は出されていない。
新規制の適用までは残り約2か月だが、果たしてこの間に三村氏、そして松田は対策を講じることはできるのだろうか。
文 / 柴田雅人