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芸能 2014年10月20日 11時45分
ローラ 「ティファニー新宿店」のオープニングセレモニーに登場
タレントのローラが19日東京・新宿でグランドオープンした旗艦店「ティファニー新宿店」のオープニングセレモニーに出席した。 ローラは胸元を強調した白いロングドレスにティファニーのジュエリー総額約5300万円を身に着け優雅に登場、「すごく今日はふんわりしてとても良い感じだったよ。オープンしておめでとう!」とニッコリ。 以前事務所の社長からティファニーのネックレスをプレゼントされたが2度も紛失してしまったという。「苦い思い出ですね。アクセサリーを色々な所に置く癖があるのでそれからは同じ所に決めてます〜」とあっけらかん。 ティファニーブランドについて「自分の中では特別の時に着けるブランドです。もう1つ上の女性になった気分になるのよ。あ〜格好いいこと言っちゃた」と超御機嫌。(アミーゴ・タケ)
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芸能 2014年10月20日 11時45分
HKT48 若田部遥の不敗神話 途切れる
元ダイエーのエース・若田部健一氏の長女でHKT48の若田部遥の不敗神話が途切れた。 パ・リーグ、クライマックスシリーズファイナルステージ第5戦のソフトバンクVS日本ハム戦のレポーターを担当した若田部遥。これまで、「TOKYO MX」で父との「父娘中継」がソフトバンクの8勝1分けと「不敗神話」を誇っていたが、この日のファイナルステージ第5戦は4-6で逆転負け。若田部親子にとって“初黒星”となった。
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社会 2014年10月20日 11時45分
東京都の公立小学校副校長が教育実習生に“生脱ぎパンスト”をおねだり
東京都教育委員会は10月16日、教育実習生だった女子学生から、使用済みのパンティストッキングを購入したなどとして、多摩地区の公立小学校の男性副校長(57)を、停職6カ月の懲戒処分にした。都教委が「セクハラにあたる」と判断した。副校長は同日付で退職した。 都教委によると、副校長は昨年10月7日夜、同年5月に教育実習に来ていた20代の女子学生を居酒屋に呼び出し、「口は堅い方か」と前置きした上で、「ボランティアをしてほしい。知り合いの老人に頼まれた」と切り出し、履いていたストッキングを売るように頼んだ。 いったん、女子学生は断ったが、「コンビニで買えばいいじゃないか」などと言って押し切り、トイレで脱いだストッキングを受け取り、現金5000円を渡した。その後、コンビニで新しいストッキングを買わせた。 さらに、副校長は同月10日夜には、カラオケ店に呼び出し、「退職後はマッサージ師になりたい」などと言って、女子学生に断られたのに、右手で左肩や首をもんだり、左腕を触ったりした。その際にも、再度ストッキングを売るよう頼んだが、断られた。 女子学生の実習期間は終わっていたが、「プールの授業を手伝ってもらったバイト代の明細を渡し忘れた」「相談にのりたい」などと言葉巧みに誘い出していた。 女子学生が所属する大学に「セクハラではないか」と相談。今年1月、大学を通じて小学校長に連絡があり発覚した。 都教委の調査に対して、副校長は「個人的に親交を深めたいという気持ちがあった。教員志望の若い子なので、アドバイスができればと思った」と弁明しているという。ストッキングを購入することがアドバイスになるとはとても思えないが…。(蔵元英二)
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その他 2014年10月20日 11時00分
専門医に聞け! Q&A 薬を減らしたいときは…
Q:高血圧で内科、腰痛で整形外科、前立腺肥大で泌尿器科、花粉症で耳鼻科に通っています。各科で4〜5錠処方され、薬は計20個以上にも上ります。副作用が心配ですし、薬を減らしてもらいたいのですが、よい方法はありませんか。(59歳・新聞販売店経営) A:いろいろな病気があり、各科目を受診すると、薬が十数種類から数十種類にも上ることになります。なぜ、各科の専門医はたくさんの種類の薬を処方するのでしょうか。私は、研修医のときは心臓外科、医局に入局してからは消化器内科が専門でした。その経験から説明しましょう。 心臓外科に関しては、狭心症で入院し、心臓カテーテルや点滴治療の治療を受け、治癒した患者さんの場合。医師は、再び狭心症で病院へ運びこまれることがないようにと、ニトロ剤や抗凝固薬複数を処方します。ある1種類の薬8錠を一日4回に分けて服用するよう指示されることもあり、そのとおりに飲まないと“心筋梗塞になる”と、少し脅されます。 また、消化器内科では、消化器潰瘍で吐血して入院した患者さんの場合。治療を受け潰瘍が治癒すると退院しますが、抗潰瘍薬を処方されます。そして「この薬は一生飲み続けると思ってください」と医師に言われます。理由を聞くと、「二度と吐血して入院することがないようにするため」と言われるでしょう。●薬を減らしたいなら、自分から申し出る方法もある 以上のように、再発予防のためと称してさまざまな薬を処方するのです。しかし、患者さんにすれば、病気は治ったのに、半年、一年たってもいっこうに処方される薬が減らないと、それを疑問に思います。副作用も気になるでしょう。薬の相互作用による副作用もあるかもしれません。 では、薬を減らしたいとき、どうすればよいか。患者さんの側からのアプローチが有効な場合があります。「先生、調子がよいので、少し薬減らしてみたいのですが…。減らしてもし調子が悪ければすぐに言います」といった感じの言葉で相談するとよいでしょう。 自宅からさほど遠くない診療所をかかりつけ医として持ち、少なくとも2週間に一回は通院できる環境にするのがよいと思います。相性がよい先生を探し、何でも相談できる関係を築ければ理想的です。そういう医師を持つことが薬漬けにならない第一歩でしょう。牧典彦氏(小山病院院長)自律神経免疫療法(刺絡)や加圧トレーニング、温熱療法、オゾン療法など保険診療の枠に捕われずベストな治療を実践。小山病院(大阪市東住吉区)院長。
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芸能 2014年10月19日 20時00分
独占キャッチ! ベッキーとオードリー・若林正恭に熱愛説
芸能界を揺るがす大物カップルの存在が明らかになった。好感度タレントのベッキー(30)とお笑いコンビ『オードリー』の若林正恭(36)が結婚を前提に愛を育んでいるという。キー局のバラエティー番組プロデューサーの証言だ。 「テレビ界では知る人ぞ知る有名な話です。実は、ベッキーと若林はスタッフらに関係がバレていないと信じ切っている。だから2人がバラエティーなどで共演すると、時たま見せるアイコンタクトや互いを思いやるコメントを聞くとこっちが赤面してしまうんです」 そもそも、2人が知り合ったのは'08年6月。『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)の若手芸人がネタを見せるコーナー“おもしろ荘へいらっしゃい!”。 「『オードリー』のファンとして登場したのがベッキー。初共演したときからベッキーは若林が『タイプ』と公言していた。若林の童顔とニヒルなコメントがベッキーのツボにハマったそうです」(制作プロデューサー) 実際に2人が付き合いだしたのは、それから6年後のこと。今年3月に放送された『日曜×芸人』(テレビ朝日)の共演を機に関係が急展開したという。 「フリートークでベッキーが電子レンジの購入を検討していることを知ったザキヤマこと山崎弘也が、若林も連れて一緒に買い物に行こうと誘ったそうです。実は、若林は6年前に共演したときからずっとベッキーが気になっていた。その話をザキヤマは知っていたんです。先輩として背中を押したわけです」(関係者) ベッキーは仕事や私生活で悩みを抱えていた。 「売れっ子ですが、仕事面で密かに悩んでいたんです。30歳になったベッキーがいつまでも“元気キャラ”をウリにできない。女優業もキャラの濃さが仇となり、どんな役を演じてもベッキーにしか見えない。このままだと、いずれ視聴者に飽きられる危機感で焦っていた」(事情通) さらに、プライべートでは親友の上戸彩が『EXILE』のHIROと結婚してしまったばかりか、昨年10月には一部週刊誌で同メンバーのMAKIDAIとの熱愛話が報じられた。 「ベッキーは本当に落ち込んでいた。なぜデタラメな話が出てきたのか理解に苦しんでいたそうです。そんな彼女の心の隙間に若林がうまく潜り込んだわけです。本当にいじらしいと思うのは、売れっ子の2人ですからね。必ず何かのバラエティーで共演するんです。するとベッキーは必ずぶっきらぼうな声で『若林』と呼び捨てにする。一方の若林は恥ずかしいのか、絶対に番組の中でベッキーにボケをかまさない。でも、スタジオを出るときは必ず一緒に楽屋に帰って行くんです」(お笑い関係者) 一方ではこんな声も。 「確かに、ベッキーと若林は仲がいいが、友達以上、恋人未満のはず。理由ですか。実は、ベッキーは異性に興味がないという噂が飛び交うほど男っ気がありません。むしろ同性との関係が有名なんです」(事情通) 若林ベッキーとなるか。
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芸能 2014年10月19日 19時00分
加藤晴彦を連れて銀座豪遊のみのもんたTBS出番復活カウントダウン
みのもんた(70)が『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)収録後、“都落ちタレント”と呼ばれている名古屋出身の加藤晴彦(39)を連れて銀座高級クラブで豪遊する現場が度々目撃されている。魂胆は何か。 「みのは今年に入ってから、加藤を連れてよく銀座のクラブを豪遊しているんです。つい先日も『秘密のケンミンSHOW』に出演した元衆議院議員の東国原英夫と3人で7丁目のクラブ『B』で飲んでいました。現在、加藤のレギュラー番組は名古屋ローカルのスポーツ番組くらい。そろそろ完全復活しそうな、みのにすり寄って中央返り咲きを狙っていますよ」(番組関係者) 90年代半ばから00年代にかけてドラマやバラエティー番組で活躍した加藤。06年3月に恋愛バラエティー番組『あいのり』(フジテレビ系)のMC降板後は仕事が先細り。09年から所属していた大手芸能プロ『アミューズ』との契約もいつの間にか切れていた。 「加藤の仕事が激減したのは、女癖の悪さと傲慢不遜な態度が原因ですよ」(制作会社スタッフ) 加藤は今年7月に名古屋のテレビ局に務める30代の一般女性と結婚したが、かつては女優の内山理名や、中京テレビ(名古屋)の女子アナらと浮名を流してきた。実は、テレビ関係者の間で加藤は「手が早く片っ端から女を口説く」ことで有名だった。 「しかも、決まって『オレ、福山雅治と友達だから』と福山の名前を出すんです。全盛期の頃、加藤は福山やナイナイの岡村隆史と同じマンションに住んでいて仲が良かったのは確か。福山の関係で『アミューズ』に所属したんですが、若いころからチヤホヤされていたこともあって、共演者に対する態度が“やたらでかい”と散々。しかも、福山の名前を利用し女を口説いているという噂が入れば、お払い箱になるのは当然です」(加藤を知るバラエティー番組関係者) さらに、芸能関係者がこう続ける。 「加藤は業界でもすこぶる評判が悪い。加藤はデビューの頃は『サンミュージック』に所属していたんですが、いつの間にか清水美砂を連れて勝手に独立したマネジャーの事務所にいた。しかし、その売り出してくれたマネジャーを捨てて『アミューズ』移籍でしょ。不義理の連続ですからね」 都落ちの加藤。なぜか『秘密のケンミンSHOW』にはイレギュラーで出演している。 「みのが社長を務める水道メータ−製造販売会社『ニッコク』が名古屋に本社があった関係から、加藤を可愛がっているのです。去年の今頃は次男の問題でそれどころじゃなかった。しかし、今年に入ってからは加藤以外にも、久本雅美や番組プロデューサーらを連れ銀座で豪遊。夜のクラブ活動は復活しています」(クラブ関係者) みののテレビ完全復活もいよいよ近づいている。 「9月末には、みのの古希祝いが都内ホテルで開かれている。発起人は大手芸能プロの重鎮3人。TBS帯番組返り咲きの準備は整ったようです」(業界事情通) セクハラ復活はご用心。
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その他 2014年10月19日 17時00分
話題の1冊 著者インタビュー 武田薫 『マラソンと日本人』 朝日新聞出版 1600円(本体価格)
−−日本のマラソンの歴史についてまとめた本は珍しいですね。 武田 スポーツは日によって違うヒーローが生まれ、選手の肉体もいずれは衰えていくように、生身なんですよ。ですから、スポーツを書くことの“凄味”は、その変化していく瞬間を捉え書くことだと思います。でも、それを長期間にわたってつなげて書くことができないから、通史を書く人が少ないのかもしれません。 その要因の一つは、日本ではあらゆるスポーツに新聞が、主催、後援として関わってきたことが大きい。良い面としては、新聞の全国版の広がりとともに、マラソンや野球などが全国津々浦々まで広がったことです。ただ、同時に批判能力まで消えてしまった。自社が主催する大会の批判を記者はなかなか書けないですよね。 −−何か他に海外との違いはありますか? 武田 私は新聞社を辞めた後、ポルトガルに住んでいました。向こうで驚いたのは、マラソンは陸上競技として認められていないこと。陸上競技とは、競技場のトラックやフィールドでやるものだという認識なんです。 それと日本のスポーツ界はあまり反省をしません。だから同じことを繰り返すことになるのですが、かつての選手たちに、どんなトレーニングをしていたかを聞きに行けばいいのに、そういうことはせず、全てまた一から始めようとする。それに日本のスポーツ界は批判を嫌いますが、どんなに腹立たしい批判であったとしても、それを跳ね返しながら良くなっていくものだと思うんですけどね。 −−つながりが大切ということですね。 武田 これまで主にマラソンやテニス、野球を取材してきました。どれも日本では歴史があります。大正から昭和初期の新聞を見ると、テニスの扱いは非常に大きい。戦後の低迷していた時期でもテニスの報道はありましたし、現在もテニス専門誌は3誌もあります。そういう歴史があるからこそ、錦織圭だって海外へ出て行くことができた面もある。 また、マラソン中継を地上波で生中継し、楽しめる国民というのも珍しいですし、日本のように沿道であんなに多くの小旗を振りながら応援する光景も他の国ではないことです。やはりスポーツに対する理解度、つまり伝統があるということなんです。 マラソンは身近なスポーツだからこそ、ストーリーがわかりやすい。本書を読んでいただいて、土台となる歴史を知ることで、よりマラソンを楽しんでもらえれば著書冥利に尽きますね。(聞き手:本多カツヒロ)武田薫(たけだ かおる)1950年、宮城県生まれ。スポーツライター。マラソン、野球、テニスを中心に取材。著書に『ヒーローたちの報酬』(朝日新聞社)など多数。
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スポーツ 2014年10月19日 15時00分
俺達のプロレスTHEレジェンド 第42R 昭和プロレスを創った“神様”〈カール・ゴッチ〉
1971年当時、“プロレスの神様”は何とハワイで清掃員として働いていた。このときの年齢は40代半ば。既に全盛期を過ぎていたとはいえ、隠居するにはまだ早い。 そんな神様をリングに呼び戻したのは、国際プロレスの吉原功社長だった。同団体で売り出し中だったビル・ロビンソンの超絶テクニックに対応できる所属選手がいなかったために、その対抗馬としてゴッチを招聘したのだ。 そんな期待に応え、第3回IWAワールド・シリーズに参戦したゴッチは、ロビンソンとの5度の対戦において華麗な欧州式レスリングの技の応酬を披露し(結果はすべて時間切れ引き分け)、さらにはモンスター・ロシモフ…後のアンドレ・ザ・ジャイアントにジャーマンスープレックスを決めるという伝説も残した。 それほどの実力を持つゴッチが、なぜ一時的にもリングを離れることになったのか。 「最大の要因はルー・テーズとの一件ではないでしょうか」(プロレス研究家) '63年から'64年にかけて、ゴッチはテーズの持つNWA王座に都合9度挑戦しているが、その6戦目、ゴッチはバックドロップを仕掛けられた際に全体重を浴びせかけて、テーズに肋骨骨折の重傷を負わせている。 この試合自体は(事前のブック通りに?)テーズがダブルリストロックで勝利を収め、また試合後にはゴッチが「つい本気になってしまった」と正直に謝罪をしたこともあり、少なくとも表面上は大きな問題とはならなかった。その後も両者のタイトル戦が組まれたことからも、遺恨はなかったと見てよかろう。 ただ、いくら選手同士が納得しても、プロモーターとなると話は違う。「大事なチャンピオンにケガをさせるような選手は怖くて使えない」となるのは仕方のないところだ。 そのためゴッチはテーズとの一連のタイトル戦を終えるとNWAを離れ、日本に活路を見出そうとする。 「'68年には日本に移住までして、日本プロレスの若手のコーチ役に就任しています。ただ、当時エースのジャイアント馬場のスケールの大きな試合スタイルとテクニック主体のゴッチでは相性が悪く、試合で重用されることはなかった。その以前の来日で、いったんインターナショナル王座への挑戦が決まりながらゴッチの負傷のため中止になっていますが、この再戦が行われることもありませんでした」(同・研究家) そんな冷遇もあって選手生活に見切りをつけ、冒頭の清掃員ということになるわけだが、しかし日プロでのコーチ業という裏方仕事が“神様”としての復活につながることになる。国際プロレスへの参戦の後、新たに旗揚げした新日本プロレスが、かつて猪木に卍固めを授けた師匠格であるゴッチを大々的に売り出したのだ。 「もちろんそのテクニックへの信奉はあったのでしょうが、それ以上に、目玉の外国人選手のいなかった新日にとっての苦肉の策という意味合いが大きかったのではないでしょうか」(同) 旗揚げ興行、猪木戦の解説では早速、『ゴッチはかつてアメリカで王者になりながら強過ぎて相手がおらず王座返上した』などと“ゴッチ最強神話”を喧伝している。 「実際にはAWA系のローカル王者になっただけだし、挑戦者が名乗り出なかったなどという事実もない。そもそもテーズの王座に何度も挑戦して勝てなかったのに“無冠の帝王”と呼ぶのもおかしな話です」(同) だが、最強神話が宣伝によって作られたものだとしても、そのことはゴッチの実力をおとしめるものではない。テーズもゴッチに対しては「私を最も苦しめた挑戦者」と高く評価をしているし、そうした敬意がなければ、たとえ日本でのこととはいえ“世界最強タッグ”を名乗って同格のチームを組むわけがない。 そして何より、その教えを受けた面々の顔ぶれだ。 前田日明、藤原喜明、佐山聡、船木誠勝、鈴木みのる等々…。 宮本武蔵を敬愛したゴッチは、常在戦場の精神でいまわの際まで自らにトレーニングを課したという。ややもすると日本人でも忘れがちな侍魂が、ゴッチを通じて日本のプロレス界に伝承されたのである。〈カール・ゴッチ〉1924年、ベルギー出身。レスリング五輪出場の後、'50年にプロレスデビュー。初来日は'61年の日プロ。以後、国際参戦を経て新日で選手兼ブッカー兼コーチとして活躍する。引退後もゴッチ道場で多くの日本人選手を育成した。2007年死去。享年82。
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スポーツ 2014年10月19日 10時00分
小塚桃子ゴルフ連載(7) 第二部・100を切るゴルフ 「4つの『C』」
今回は実践から少し外れますが私にとって最重要テーマをご紹介しますね。とっても大事なお話を忘れていました。私はゴルフをする時、常にキモに命じているキーワードがあります。それは「4つの『C』」。 一体何事? と思われますが、この『C』とは、《concentration集中》《confidence自信》《control自制》《commitment傾倒》と、いう事です。 「4つの『C』」について7回目は綴っていこうと思います。 この「4つの『C』」で私が一番苦手なのは《集中》です。一般的に18ホールを回り終える時間は約4時間半。込んでいる日曜日は5〜6時間くらいです。つまり、多い時には5〜6時間、ずっと集中している事になります。これだけの時間、集中するには無理があります。とはいえ、集中している時と気持ちが切れた時ではスコアが全然違います。 そういう時、私は気分転換に「飴を舐める」。脳に糖分を入れ気持ちを落ち着かせます。マラソン選手もスペシャルドリンクは全て甘い飲み物と言われています。集中力を高める時こそ、甘いモノは不可欠です。私に関しては単に「甘いものが好き」という事もありますが…。私は、最初の1〜2ホールで調子が悪くても3ホール目からは気持ちを切り替えて、集中できることが多いです。その後、スコアが改善されれば不思議なもので最終18ホールまで集中出来たりします。 ところが、スコアが改善されず、逆に悪化の一途を辿っていくようですともう、大変。途中から投げやりになってしまい「もういいや…」と…。特にパットは集中力が勝負。適当に打つと、案の定、3パット、4パットは当たり前。必然的にそのホールは9、10という結果になります。 パットの極意は「2つ」を完璧に押さえる事。「2つ」とは「方向」と「強さ」。これさえクリア出来たら絶対、入るものです。例えば、グリーン上、ピン手前に落とすとします。プレーヤーは浜道を歩いてボールの元へ進みます。そうすると、ボールをそのままピン目掛けて打ちます。ところが、それではボールはカップを捕らえ切らない。いきなりボールを目指してはダメ。まずは、360度グリーンを歩いて傾斜の確認。それを頭に入れてからパットを打つ様にしましょう。まさに集中力。この様な些細な事も集中力が途切れると忘れがちになります。 グリーンは誰でも読めます。極論ですが、地図さえ読めれば大丈夫。因みに私は地図を読めません。それでもグリーンは読めますからね。スコアを崩して前半、集中力が途切れた場合はお昼休みを利用しましょう。後半の巻き返しを考えるか−−それとも違う目的に切り替えて、後半はその目的をクリアする事だけに集中しましょう。 次に《自信》について。パットで例えてみましょう。「これは下りのフットライン。下りはボールが早くなるから、弱めに右側に打とう」一般的にプレーヤーはイメージを確立します。ところが、「いざ、打とう」となると、なぜか躊躇してしまう。ここが問題です。自分のイメージが確立したら迷わず打つ。決めたら打ちましょう。信念を貫く、これが全てです。「あれ? スライスかな?」と、打つ直前に気持ちがブレるとスイングにも迷いが出る。クラブのスィートスポット(芯)にボールがフィットしません。 半信半疑のパットはヘッドアップしてボールはイメージ以上に右へ流れます。これでは簡単に沈められるものも沈められません。決めたら「打つ」。これは《自信》から生まれます。 《自制》は皆さん、必読です。これは本当にスコアを左右します。最終ラウンドがパー3だとします。その時点でスコアは96…ここでは絶対、パーを取りたい。取れば100を切れますからね。ところが、このホールには苦手な打ち上げの池があるとします。ここで無理をすると池ポチャの可能性が生まれます。 本来の狙いは1オン→2パットでパー…しかし、ここは我慢が大事です。「ボギーくらいで丁度いい」という気持ちを持つ事。目先の欲に駆られてパーを狙いに行くと却ってスコアを崩す結果となります。 100切りは欲しいですが、ここでは無難にホールアウトする事だけに、気持ちを《自制》しましょう。とはいえ、絶対的に自信がある場合は、パーを狙うのも考え方の一つです。ただ、無理は禁物。ゴルフには《自制》が大事なのです。 最後に《傾倒》です。ここでの例えもグリーンにしましょう。初めてのコース…特にグリーンの傾斜や芝の目などは、コツを掴むまで時間がかかります。そのため、ここではキャディさんからアドバイスを頂きます。ただ、キャディさんに《傾倒》し過ぎない様にしましょう。自分で考える事を忘れて「良いも悪いも」キャディさん任せになってしまうからです。 私の場合は初めてグリーンで超が付くロングパットの場合のみ、「どういう風に打つべきですか?」と、キャディさんを頼ります。これは自信がないからですが、それ以外は私自身を信じて打ちます。実際、フットラインやスライスラインはキャディさんよりも“読める”と自負しています。これは《自信》があるからです。どうしても《自信》が持てない時はキャディさんに《傾倒》します。勿論、キャディさんに《傾倒》した場合は、何があってもキャディさんを信じる。これが大事です。 今回は「4つの『C』」について書いてみました。「こんなの常識」と思う方々もいらっしゃるでしょう。誰しも頭では分かっているものです。が、実際は違う方向に気持ちが向く場合になりがちです。「こんな事…」と一蹴しないで改めて実践してみませんか−−。*カメラマン波田佳典小塚桃子オフィシャルブログ「季節はずれのももリンダ」 http://ameblo.jp/koduka-momoko/
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芸能 2014年10月18日 19時00分
ロンブー・淳に別れ方も教わったほうがいい!?竹田恒泰氏
華原朋美(40)が10月5日、約9年ぶりとなる全国ツアーの東京公演を行い、“元カレ”竹田恒泰氏(38)を痛烈に皮肉った。 明治天皇の玄孫である竹田氏は昨年、華原に猛アプローチ。しかし竹田氏の二股疑惑が発覚し、破局した。 この日、華原はライブ中、竹田氏を公演に誘ったことを明かし、公演後の囲み取材では「その日は講演会があるので、楽屋に花を贈らせていただきますと言っていたのに、届かなかった。本当の詐欺じゃないか」と暴露して取材陣を笑わせた。 「1日に開かれたライブのMCで“いとおしい詐欺”に遭ったと語ったのですが、これはその続編。そもそも2人が本当に付き合ったのかどうかさえ謎ですが、華原がうまくネタに使っていることだけは確かです」(芸能ライター) 華原の口撃に前後して、二股の相手である元AKB・畑山亜梨紗(23)も“参戦”している。 9月15日、竹田氏がマスコミに破局宣言したのを受け、29日に会見を開き、「報道で初めて知った。大人の恋愛は怖い」と傷心の表情でコメント。 「10月5日に出演したTBS系『サンジャポ』では、デートの回数は一桁、密室で会ったことはないと話し、出演者からそれは付き合ってないとツッコまれていました。これまでも“売名”と言われてきましたが、その疑惑を拭うどころか、より深まった格好です」(同) どちらもよくわからない状況だが、ともかく竹田氏によって2人の女性の心が揺れ動いたのは事実。それにしても特にイケメンでもない彼がなぜモテるのか。 「モテ男で鳴らしたロンブー淳が遊び仲間で、彼から女性へのアプローチ法を伝授されているようです。ただ華原も畑山もアプローチして、その気にさせたところで、売名に利用されているという猜疑心から破局を口にする。それも直接本人にではなくマスコミにするからややこしくなる」(夕刊紙記者) きれいな別れ方も淳に教わったほうがいいのではないか。