漫画のような野球スパルタをする父親のことをすっかり嫌った兄は高校を卒業すると九州の大学に行ってしまって、そのまま地方の会社に就職してしまった。将来何がなんでも野球選手にさせたかった兄に逃げられた父の次の興味は当然私に向けられたが、由真は女の子、野球選手は無理だ。そこで、父は由真を連れて昔からお気に入りだったスワローズのファンに徹することにした。由真が高校生になると、父は入学祝いに神宮球場の年間シートを買ってくれた。全然うれしくなかったが、不機嫌な顔でもしようものならお小遣いくれなくなるので感謝のフリをした。母親といえば、昔は松平健のおっかけで、今は韓流スターのファンミーティングで知り合ったお仲間としょっちゅう韓国旅行で家を留守がちだ。どうして私の家族ってみんな勝手なの、といつも思うのだが今に始まったことではないから諦めていた。
40年近くも筋金入りのスワローズファンの父に次いで、現在22歳の由真に関しては今年で7年目だ。しかし、由真はここ3年くらい少し困っている。なぜなら、由真の職業はキャバ嬢だからだ。シーズンが始まると4月から9月の間、60日以上は神宮球場に父と行かなければならないため、お店を休まざるを得ない。スワローズのホームゲームが2週続けて週末になったときなど、由真は店のマネージャーや同僚に嫌味を言われるのが耐えられない。しかも能天気な父親ときたら時々、「たまには横浜球場にも応援に行こうぜ」なんて言うものだから、ペナントシーズン中はとにかく気が気でない。また一昨年あたりから父の会社が不景気のあおりから由真が年間シート代を支払うはめになっている。いくら由真が家族の中で一番の高給取りであろうが、絶対に承服できない、のだが最近めっきりと年をとった父の顔を見るとそれは言えない。
由真の働いている店にもプロのスポーツ選手がたくさん遊びにやってくる。1度だけ由真はサッカー選手と付き合った。J1の選手ではなかったが、もしそうだったとしてもきっと父はきっと嬉しくなかっただろう。父はサッカーが嫌いだからだ。半年くらい彼と付き合っていたが、父には報告しなかった。決して結婚願望は強いほうではないが、由真も自身のことをどうせキャバの女となんか真剣に付き合うわけない、と思って最初から醒めていた。しかも彼は頭が悪かったから、今考えれば別れて正解だったようだ。
最近、高校時代の同級生と付き合い始めて、もうそろそろ夜の職業を終わりにしたいと思いだした由真だが、どうやら父が今年リストラの対象になるらしいと最近知った。しかも8年も家に帰ってこなかった兄も会社の業績が思わしくなくて、近々この家に戻って東京で再就職するらしい。母も父の収入が無くなれば韓国旅行なんてしている場合ではないだろう。まるで不景気が家族の結束を固めたようだ。しかし考えようによっては由真がこの家の大黒柱になるのでは、と思い始めた。まだ15年もあるこの実家マンションのローンもこの先、親に代わって由真が払わなければならないの、などと想像もしたくない。せっかくキャバ嬢を引退しようと思っていた矢先なのに。由真はあと何年夜働かなければいけないのか、それより私は結婚できるのか、と真剣に考えも始めた。しかもプロ野球のシーズンは、あと2カ月先だ…目眩がする。