「オランダ戦は僅差を逃げ切る試練、キューバ戦は『追いついても追い越せない』の状態が続き、ビハインドゲームの重圧との戦いでした」(球界関係者)
8回裏、山田哲人(24)のダメ押し2ランが飛び出したとき、間違いなく、キューバの全選手の表情が変わった。たしかに、試合を決定づける一打ではあった。しかし、侍ジャパンが打ち砕いたのは、キューバのメンツだった。
大会前だが、キューバ代表のカルロス・マルティ監督は記者団にこう語っていた。
「(今大会は)我々のプライドと野球王国の誇りを取り戻すために…」
キューバは野球大国と位置づけられてきた。もっとも盛んなスポーツが野球であることは今も変わらないが、国内リーグには菅野や石川のように常時140キロ台後半の直球を投げる投手は、ほとんどいなくなった。また、今回の代表チームに招集されたメンバーも30代がほとんどだ。
『U-18』など、キューバにも年齢別のカテゴリーがあって、その10代代表チームで鍛えられた若手の多くは亡命してしまった。このカテゴリーから昇格してきた野手はギレルモ・アビレスだけだ。
「山田の2ランが出たとき、ベンチでも下を向く選手がいました。前任のビクトル・メサ監督だったなら、物凄い剣幕で怒鳴っていたはずです。マルティ監督は良くも悪くもポーカーフェイスなので、何も発しなかった」(前出・関係者)
静まり返ったキューバベンチに、“野球王国の終焉”を感じたNPB関係者も少なくなかった。
「2番手のイエラを引っ張りすぎたのが敗因かもしれない。今大会には往年の強いキューバを象徴するような豪腕投手はいませんでした。僅差でリリーフ投入できる投手がいなかったのでしょう」(取材陣の一人)
イエラが投入されたのは5回途中だった。今大会ではこのイエラをクローザーで使うような形になりかけていたのに、だ。
「キューバを始め、中南米の野球ではナンバー1のリリーバーを、イニングに関係なく送り込むのが当たり前です。キューバベンチからすれば、この一打逆転という窮地にイエラを送ったのは当然であり、マルティ監督は勝負どころと判断したのでしょう」(米国人ライター)
キューバがこの試合に賭けていたと思われる場面はほかにも見られた。まず、このイエラが投入される直前だが、無死一・二塁で菊池涼介(27)が打席に向かうとき、キューバ内野陣はマウンドに集まり、守備体系を確認している。「日本の送りバント」にどう対応するかを話し合うためで、このシーンは、強打で大量得点を積み上げてきた以前のキューバでは絶対に見られなかった。また、この5回裏、4番筒香が打席に入ると、二遊間の守備位置を変えさせた。前の2打席で続けてセンター前ヒットを打たれているからだろう。二遊間の間を極端に狭め、筒香にプレッシャーを掛けていた。なりふり構わず…。
しかし、最後は侍ジャパンに逆転を許してしまった。8回裏の逆転劇も、思えば一塁手が送球をこぼしたところから始まった。些細なミスが失点につながったとなれば、野球王国のプライドもズタズタに切り裂かれたはずだ。
大会資料を見ると、MLBオールスター戦の出場経験者は63人。その一流プレーヤーが各国の代表チームに散らばっている。キューバの一強時代が終わり、トッププレーヤーが世界中に分散したのだろう。
中日ドラゴンズと育成契約を交わしたライデル・マルティネス(20)、年齢別カテゴリーから昇格してきたアビレスが中核となる次大会まで、キューバは王国再建の課題をどう克服してくるのだろうか。(スポーツライター・飯山満)