某私立高校のカントクがそう嘆いていた。
4月某日、練習を見ているときだった。ユニフォームのポケットに忍ばせておいたケータイが突然、鳴った。
電話の主は学生時代のセンパイでもある某大学野球部の監督だった。センパイの大学には1人か2人ではあるが、毎年、野球推薦で教え子を引き取ってもらっている。そのセンパイが早口にいきなり切り出した。
「オマエから預かった部員(推薦入学者)が、野球部を辞めたいと言ってきたんだ」
「えっ!?」
スポーツ推薦で進学した野球部員は、年明けの1月には大学の練習に合流する。
大学の練習は確かにキツイ。しかし、大学は部活動の出欠席にさほどうるさくはない。また、スポーツ推薦学生の退部は認めていない大学もある。たとえ退部が許されたとしても、翌年以降、その生徒の母校(高校)の推薦枠が取り消されることもある。したがって、送り出す側のカントクも慎重に推薦学生に選んできたつもりでいた。
その生徒の退部理由は『現実的』だった。
「勉強がしたい」
カントクはその部員の顔を思い出し、「アイツが勉強!?」と思わず、口にしてしまった。
だが、高校時代の成績は悪くなかった。テストはいつも70点。一夜漬けでなんとかする、要領の良いヤツだった。その部員はさらにこう続けたそうだ。
「大学を卒業しても、就職できないかもしれない。だから、大学院に行きたい。そのためには単位を取るのにも『A』でなければならないので…」
一昔前、大学でレギュラーになれば、企業チームから引っ張りダコにされたが、今は違う。社会人チーム(実業団)は廃部や休部に追い込まれ、一握りのプロ野球に指名される者と同じくらいのレベルにあるか、よほどのコネがなければ、拾ってもらえないのが現状だ。学生時代の大半を野球に費やしたことが『就職活動の出遅れ』となり、マイナスに転じる場合もないわけではない。
センパイもカントクに教え子の就職を相談したことがあった。
「教員免許を取得した教え子がいるんだ。何処か、指導者を探している高校を知らないか?」
就職難の現実を知るセンパイは、その生徒の退部を認めてやったと言う。これも、指導者としての愛情だろう。カントクも退部した生徒を責める気にはなれなかった。しかし、退部者を出した以上、来春の同大学への推薦枠消滅は免れないだろう。
「せめて、ウチの推薦枠は来年からも残してくれないか?」
「大学の規則だから、オレ1人の力では…」
高校球児を持つ父母の圧倒的多数は大学進学を希望している。センパイのいる大学への推薦枠は有望中学生を集めるピーアールポイントにもなっていた。退部者を出し、推薦枠が消滅してしまったことは、ボディーブローのような後遺症ともなるだろう。
「アイツなら、大学でもレギュラーを張れると思ったんだけど…」
カントクはポツリと呟いた。センパイもその素質は認めていたが、こうも付け加えた。
「就職難は誰のせいでもない。野球で就職できなくなったのはかわいそうだが、自分で何とかするって考えがないんだよ、今の子には。せめて、あの子には勉強と両立してみせるって気構えをみせて欲しかった。それでもって、両立は無理だったから、勉強に集中させてくれと言ってくれたら…」
数日後、カントクのもとに新一年生が訪ねてきた。「大学受験の勉強がしたいから、野球部を辞めさせてくれ」という相談だった。(スポーツライター・飯山満)