とはいっても、客が自分の店を選ぶとは限りません。そのため、忙しい時期ではありつつも、それなりの営業をしなければ、客は逃げてしまうものです。
「くんくん、今夜、何してるの?」
「え? 今夜?」
「そう。今夜。空いてるでしょ? 会いたいでしょ? 私に」
こんな突然の電話があるのも珍しいことではない。
しかし、突然言われても、用事がまったくないわけではないのが年末年始でもあるものです。この電話があったとき、私はちょうど、取材が終わって、別の取材に移動するところだった。地下鉄の駅に向かっていたのだ。
途中何度か、電波が途絶えて、電話が切れてしまった。
「なに? またノルマでもあるの?」
「ノルマとかじゃなく、会いたいと思っただけだよ。この前、韓国に行ってきて、そのお土産を渡したいと思っただけだよ。ノルマとかじゃないもん」
どこまで本当なのか? と思いながらも、時間があるわけでもないのも事実だ。しかもこうした電話は単なる営業電話ではなく、同伴営業の電話だ。
だから、たとえば、18時ごろに嬢と会ってご飯を食べ、20時半ごろにお店に行かないといけないのだ。時間の制約の多い営業は、その日のスケジュールがはっきりしていないといけない。だから、急な約束はほとんどができない。
この嬢のことだから、その急な同伴ができなかった客が捕まえられなかったに違いない。そんなときしか私に連絡が来ないのは分かっている。
応援したいのはやまやまだが、私にもスケジュールがあります。
でも、そんなことがわかってしまう私は、こんな営業電話にも飽きてしまった。とはいいながら、はっきりとは断らず、つなげてしまっているのは、キャバ嬢たちがどのように成長していくのかを見たいからに他ならないのです。
ただ、こんな営業電話やメールが集中すると、癒し系のキャバ嬢とたわいもない会話がしたくなるものです。
「Rちゃんに会いたくなったなあ」
なんてメールをしてみた。いつも営業色が強くないやりとりしているから、どんな返しがくるのか? と待ってみた。
すると、「店にくればいいじゃん」との内容が返ってきた。いつもより味気ないなと思っていたら、セクキャバに移籍したらしいのだ。
「セクキャバかあ? でも、Rちゃんを触りたくないよなあ。ただそういう店に行くと触りたくなるよな」
「そういう店だから、触りたくなるのは普通じゃない? 触っていいよ。店では」
「でもなあ、照れくさいじゃん?」
「そういうものなのかな?」
なんか、R嬢の、ある意味で「成長」したのを感じてしまう営業だった。こんな露骨な営業的な反応をしなかったのになあ。業界が長いと、こうした対応にも慣れてくるのだろう。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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