女性が主人公のドラマらしく合戦の描写は少ない。史実では賤ヶ岳の敗因は柴田勝家本人よりも、功を焦った佐久間盛政や撤退した前田利家など配下の武将に負うところが大きい。盛政も利家も与力として付けられた武将であって、勝家の直臣ではない。勝家にとっては配下の武将を思い通りに動かせないという制約があった。この点が自らを次の天下人と位置付けた羽柴秀吉と、織田家の筆頭家老としての分を守った勝家の相違であった。
しかし、その種の政治的な背景は『江』では省略している。盛政(山田純大)が急襲を進言した程度であるが、全ての家臣が勝家に攻撃を求めており、柴田の本隊と佐久間勢の対立という視点はない。勝家は盛政に深追いは無用と命じるが、盛政が深追いした描写はない。逆に北庄城に敗走した勝家(大地康雄)は秀吉(岸谷五朗)を甘く見て無謀な攻撃を行った自らを反省する。
あくまで『江』は市と三姉妹の物語であって、勝家は市の夫、三姉妹の父として存在意義を有する。配下武将との関係など物語にとって余計な内容は切り捨てる潔いほどの徹底ぶりである。
その今回のクライマックスは三姉妹の市との壮絶な別れである。運命に翻弄された市という女性を鈴木保奈美が好演した。ドラマ冒頭で市は三人の各々の好みの帯を当て、娘のことを理解している母親であることを示した。そして死を覚悟した市は各々の娘の好きな帯を切り裂いて形見を作る。このシーンの鈴木の表情には鬼気迫るものがある。
戦国一の美女と謳われた享年37歳の市を40代の鈴木が演じることに違和感を抱いた視聴者も少なくない。しかし、『江』の市は単なる美しいだけの姫君ではない。織田信長の政策の理解者でありながら、浅井長政との夫婦愛に生き、長政への愛を抱きながらも秀吉から織田家を守るために勝家と再婚した。そして勝家と一緒に死ぬ時も最後に思い浮かべた人物は長政だったという複雑な心理の持ち主である。そのような難しい役を凛とした立ち居振る舞いで演じていた。
市が最後に長政を思い浮かべることは、勝家から見れば立場がない。女性ならではの視点である。江も佐治一成、羽柴秀勝、徳川秀忠と結婚を繰り返しており、前夫への複雑な感情を描く序章となった。市が三姉妹に遺した言葉も、三姉妹の今後を暗示する。茶々(宮沢りえ)には浅井の誇り、初(水川あさみ)には姉妹の絆、江には織田の誇りを託した。今後は市の思いを受け継ぎ、成長する三姉妹に注目である。
(林田力)